2014年7月1日火曜日

認識論:知っていることをどのように知ったのか?



 世の中には、人の認識や行動の変化を支援するために、色々な方法論が存在しているわけですが、特に認識論をベースにした心理療法やコーチングについては、その本質を以下の質問に還元できるように思えるわけです。

 「How do you know what you know ?

つまり、「あなたが知っていることをどのように知ったのか?」

 例えば、「その外的出来事が起こったことをどのように知ったのか?」、もっと具体的にすると「上司があなたを嫌っているのはどのようにしてわかるのか?」とか「高所恐怖症のあなたが高いところに居るというのはどのようにして分かるのか?」とか。

 で、認識主体から観察された外的出来事がどのような連鎖で起こっているのか?その具体的なプロセスを問う。

 あるいは、それを自分の五感のどれで見たり、聞いたり、感じたりしたのか?内的にどのように分かったのか?を問う。

 さらに、自分の主観的意味付けについても、どのようなプロセスでその意味をつくったのかを問う・・・・・・

 というような感じで具体的なプロセスを確認していく・・・・

 そして、そして事実確認を行う・・・・そのプロセス以外にも取り得る選択肢に気づく・・・・プロセスを変えてみる→ 意味が変わる・・・で、 変化が起る・・・ということになってくるわけです。

 余談ですけれど、例の「STAP細胞は存在するのか?」という問題に対して、存在論の問題として聞くと実は答えは出にくい。

 で、マスコミの中でももっと科学の専門部隊みたいなところがあったら、これを認識論の質問に変換して質問するのでしょうけれどねぇ・・・・

 つまり、「STAP細胞が存在することは、具体的にどのように観察して分かるのか?」・・・・という具合に・・・・すると検証のポイントがより具体的に見えてくるはずなのですけれどねぇ・・・・・・
 

認識論:知っていることをどのように知ったのか?

 人類学者のグレゴリー・ベイトソンが心理療法家のミルトン・エリクソンの心理療法(の一部)を形式知化してみる時に、エリクソンの技法をなぜ、「認識論(Epistemology)」に還元してみたのか?と考えてみると結構深いところに行き着くようにも思ってきます。


 もちろん「認識論」と言ってしまうと、何か非常に難しい概念のように思えてしまうわけですが、実は難しくありません。
 で、これについて「Epistemology : How you know what you know[1]というタイトルのエッセーを読んでいたのですが、これが非常によくまとまっています。

 この「認識論」を一言でいうとタイトルにもあるとおり「知っていることをどのように知るのか?」ということに還元されるでしょう。
 「エベレストは世界で一番高い山だ」という命題がある。

で、「エベレストが世界で一番高いことをどのようにして知り得たのか?」と問う。もちろん、ここでは二重の意味があって、「百科事典で知った」のようにその情報源を確認することにもなるでしょうし、「◯◯のようにして計測した」のように具体的にどのようなプロセス、やり方で分かるのか?というような方法の話にもなってくるわけです。

 で、ここでは科学的と似非科学を分けるものというのも伏線になっているわけですが、ここでも案外この認識論というのは重要だというお話になってくるわけですねぇ。


(参考)

(つづく)
文献

[1]http://www.esg.montana.edu/biol525/feder.pdf

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