2014年7月12日土曜日

リフレーミング(その4)一般意味論のインデックス付け



 今は昔の漫才ブームの時代、21世紀の今の感覚ではかなり不謹慎だが次のようなギャグがあった。

 飛び降り自殺の名所。ビルの屋上から人が飛び降りようとしている時、たまたま通りかかった警官が声をかける。

 「また、おまえか!自殺しているのは」(笑)
 というやつ。

 この場合は、警官の視点ではあるけれども、いわゆる「過度の一般化」を逆手にとったギャグでもある。

 で、人は普段と少し違う精神状態になった時、この「過度の一般化」というのに陥り易い。これを簡単に言うと「どいつも、こいつも・・・・」という認識になっている状態だ。

 で、ここで役に立つのが物事をニュートラルな立場でみるための「リフレーミング」ということになる。特に一般意味論では「インデックス付け」という道具が用意されていて、「アメリカ人1 とアメリカ人は違う」のように「過度の一般化」を防ぐことができる。
 
 心のなかで「どいつも、こいつも・・・・」「男ってやつは・・・・」「女ってやつは・・・・」「ドイツ人というのは・・・・」と過度に一般化が起こっているのを察知したら、この「インデックス付け」でリフレーミングを行ってみたいところではあるわけです 。
 

一般意味論のインデクス付け

 「MANAGING ORGANIZATIONAL STRESS THROUGH GENERAL SEMANTICS[1]というエッセーを読んでいたのですが個人的にはこれは中々面白いと思います。

 一般的に組織というのは違った考えを持った複数の人から構成されているわけですが、特にコミュニケーションに誤解が生じて、人間関係がギクシャクしたりすると、その組織で働いている人はストレスを感じてしまうというわけです。
 
 それで、どうしたら良いのか?

 簡単にいうと社員のコミュニケーションにおいてみんなが一般意味論で用意されているデバイスを使ってコミュニケーションしたらどうでしょう?というのがこのエッセーの趣旨というわけです。

 以下のリンクでケネス・ジョンソン博士のエッセーを引用して一般意味論とはなんぞやということのインデックスだけ書いていますが、


 「コミュニケーションは送り手と受け手の間で行われる混乱の可能性についての戦いである」というわけです。

 で、もとのエッセーに返ってこの趣旨を考えると、このコミュニケーションの混乱を低減するために、全社的に一般意味論のデバイスを使おうということになってくるわけです。

 で、特にインデクス付け(Indexing)のところを読むとインデックス付けだけでリフレーミングが出来る云々と書かれているのがここでの面白いところです。

 ここでは一般意味論で指摘されている「コトバによって部分が全体だと思い込む」あるいは「過度の一般化」を修正するのがこのインデックス付け、ということになるわけです。

余談ですが、日本にはリフレーミング辞典みたいなものがあって、コンテンツとしてのコトバを別のコトバに置き換えるみたいな構図になっているわけですが、人の認知がどうなっているのか?というプロセスを考えておかないと、案外、上手く機能しないのと、センスの点からはイマイチなのですよねぇ(笑)。

(参考)
http://ori-japan.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1139.html

(つづく)
文献

[1]http://www.generalsemantics.org/wp-content/uploads/2011/05/articles/etc/61-2-levinson.pdf

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