2014年8月8日金曜日

人間コミュニケーションの理論に関するあれこれ

1,100記事を超えたわけではないのですが、ブログのフォーマットをシンプルにしてみました。

 さて、「人間のコミュニケーションをどのように見るのか?」あるいは「モデルをつかってどのように説明するのか?」というのは非常に面白いテーマでもあり、かつ挑戦的なテーマでもあるわけです。

 もちろん、人間は物心ついてから誰かに明示的に習ったわけではないのでしょうけれど、他の人とコミュニケーションを取っているわけです。もちろん他の人とのコミュニケーションを行うのに資格が必要なわけでもなければ、免許が必要なわけでもないのがコミュニケーションです。

 それでも、何か精神的な不調を訴えた場合、コミュニケーション学派の考え方では、何か対人関係がここに影響しているはず、ということになってくるわけです。

 それで、他人との関係における二重拘束(ダブル・バインド)が統合失調症の原因になっているのかも?という仮説でもってコミュニケーションを研究したのが、パロアルトにあるMRIで研究を続けた人たちだというわけです。

 それで、これに関して何かまとめ的な資料がないかと思って読んでいたのが以下のエッセー「THE PALO ALTO GROUP: DIFFICULTIES AND DIRECTIONS OF THEINTERACTIONAL VIEW FOR HUMAN COMMUNICATION RESEARCHl[1]です。

 で、このあたりを読むと、最初はグレゴリー・ベイトソンだと思いますが、人がコミュニケーションによって得られる情報をどのように認識しているのか?について、バートランド・ラッセルの型理論(Theory of Types)やサイバネティックスの知見を持ち込んで、考えたのがこの資料ということになるわけです。もちろん、人の精神なんてそう単純にモデル化できるわけではないのでしょうけれども・・・・一つの説明のやり方としては、これはこれでありかなぁと思っているわけです。

 で、例えば、心理療法でいうリフレーミングなどもこのモデルで示されていて、その一部を引用すると、 



Following the Theory of Types, one would say that reframing is an exercise in changing logical typing, although it is not always clear thatchanging attributed meaning must necessarily in- volve the vertical shift of logical levels (see exam-ples in Watzlawick et al., 1974).


 型理論に従えば、ある人は、リフレーミングは論理タイプを変更する練習だというだろう、しかし、いつも、原因となる意味を変えることが論理レベルの垂直方向へのシフトに必ず関与することに必須かどうかは定かでない。



 こんなことが書かれているわけですが、これはこれで面白いところなのでしょう。
 まぁ、後付といってしまえばそれまですが、何かを言葉で説明するためのモデルとしてはそれほどセンスが悪いものだとは思わないわけですけれどもねぇ・・・・・・ 
 
 (つづく)
文献

[2]http://carolwilder.net/Articles/PaloAlto.pdf

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。またの内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想、執筆、講演のご依頼はこちらまで tritune'`@''gmail.com





0 件のコメント:

コメントを投稿