2014年8月6日水曜日

NLPがショボイのには訳がある(その3)



 
 結局、自己啓発技法のNLP(神経言語プログラミング)を本当に理解するためには、「暗黙知」としてのエリクソニアンと「形式知」としてのMRI+(一般意味論)を理解していないと何も分からない、ことになります。

 で、反対に、エリクソニアンと MRI+(一般意味論)を理解しているのであれば、こっちの技法だけで事足りるので、わざわざNLPなんてやる必要はないということになります。何たるジレンマ!(笑)。

 まぁ、おいらは別にエリクソニアンの技法とMRIの技法は普通につかえているので関係ないと言えば関係ない話ですけれどねぇ・・・・・



NLPがショボイのには訳がある(その3

  あまり出来の良くないブリーフセラピー(もどき)の手法にNLPがあります。
 これがなぜ、出来が悪いのか?と考えると結構深いところに行き着きます。
 これを3つのレイヤ、1)思想、2)理論、3)技法に分けてみると以下のようになります。


 NLPの特徴を思想としてみると、思想としては何もうたっていない。そのかわりにいくつかの前提(単なる仮定)をおく。ことになります。


 もちろん、この前提(仮定)は、一般意味論とかサイバネティックスとか構成主義などから引用された単なる「認識論的な仮定」で非常に中立な概念しかないのですが、これが分かっていないと、なぜか、ここに「愛が一番大事です」とか「人は幸せになるために生まれてきました」みたいな宗教なのか哲学なのかわけが分からないのを自己流の前提を入れる人が居て、何か変な新興宗教みたいになってしまいます。これが非常に悩ましいところです(笑)。

 第二に理論。ここは非常に重要ですが、「Neuro-Linguistic Programming vol.1[1]の記述に以下が掲載されています。 


Neuro-Linguistic Programming is the discipline whose domain is the structure of
subjective experience.It makes no commitment to theory ,but rather has the status of
a model - a set of procedures whose usefulness not truthfulness is to be the
measure of its worth.”


 訳:神経言語プログラミングは主観的経験の構造の領域における学問である。(神経言語プログラミングは)そのモデルの状態が存在しているだけであり、一切の理論にはコミットメントしていない。このモデルは、一連の手順からなり、事実性というより有効性という視点から評価される。



 つまり簡単に言うと、バンドラー&グリンダーは、理論的には(明示してませんが)MRIとか一般意味論をまるごとパクっているものの、表向きは「世の中の一切の理論にはコミットメントしない、あるのは単なるモデルだけ」とITで言うモデル駆動のアプローチを高らかに宣言していることになります。この利点は、エリクソン、サティア、パールズあたりをモデリングした単なるメンタルラジオ体操みたいなモデルを与えておいて余計な理論みたいなものは考えるな、というようなやり方になるわけです。

 但し、世の中には変な人達が居て、この理論にほとんど関係のない「脳科学」だの「脳の原則」だの、訳の分からない理論を持ってもってきて勝手に当てはめているのが後をたたないのも困りものということなのでしょう。また、「NLP理論」なんて言うやからも居ますが、バンドラー&グリンダーが「そんなものない」といっているわけであり、実際「NLP理論」などというものは世の中に存在していません。ですから、「NLP理論」なんて言っている人は一度小一時間問い詰めたほうがよいです(笑)。

 もちろん、センスのよい人間は、明示していない理論は実はMRIや一般意味論なのだなと分かるようなつくりにはなっているわけですが、これが分からないと日本語で読める「メラビアンの法則」みたいなヘンテコな法則を当てはめて悦に入るバカになってしまうことになります。で、本当のところ、繰り返しますが、ウォツラィックの「コミュニケーションの公理」とか「変化の原理」とか「変化のための言語」とかベイトソンの「Theory of Mind」を当てはめてみるのが本来のやり方です。その理由は初期の参考文献にこのあたりのことが明示されているし、これが分かっていないと思考や行動には変化を起こすことができないから、ということになります。

 で、技法、モデル駆動のアプローチですから、「効果がなかったらモデルに不備があるので効果のあるモデルを見つけろ!」あるいは「一つのモデルで効かなければ別のモデルを試せ!」みたいな随分無責任なことを言っていることも確かなところなわけです。

 結局、このあたりは理論を明示していないためにこのように行き当たりばったりな感じになっていると思いますが、個人的にはちょっとね、という感じがしています。

 後、怖い話ですが、以下のリンクで心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を一般意味論のメガネで見てみるという記事を書いていますが・・・・


一般意味論をメガネにNLPを観察しても、その技法がボールかストライクかはっきり分かるようになるので怖いっちゃー怖いのですよねぇ(笑)。ボールかストライクは、「へっぽこ」か「へっぽこじゃない」かに置き換えて読んでもらってもよいのですけれど。

 で、ここに面白いジレンマがあって、NLPNLPとして学んでいる間は全然へっぽこのまんまということになってしまうわけです。

 では、「暗黙知」としてエリクソンを学び、「形式知」としてMRIと一般意味論を学べばよいわけですが、そうすると箱の外に出てしまってNLPは要らないよねぇ!となるのでこれもまた面白いところなのでしょう。 
 
 (つづく)
文献


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