2014年10月13日月曜日

ヴァージニア・サティアと家族療法の理論(その2)


  
  今日は、ヴァージニア・サティアとミルトン・エリクソンの共通点を少々。

 で、元々はこのあたりはパロアルトのMRI(Mental Resarch Institute)で研究されていたことなのでしょうけれどもねぇ・・・・まぁ、中々深いところに行き着くようにも思ってきます。

 


ヴァージニア・サティアと家族療法の理論(その2)

 すこし前に書いた家族療法家のヴァージニア・サティアのスライドの続きを少々。


 このスライドのP.4 を読んでみましょう。

 個人的に思ったのは、心理療法家のミルトン・H・エリクソンとの共通性というところです。もちろん、時代背景に米国プラグマティズムのウィリアム・ジェイムズあたりからはじまってマズローに代表されるようなヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントがあって、それまでの精神分析のように病理に焦点を当てていたやり方から、人間の健全性と可能性を伸ばすという方向に転換していった流派が現れたという丁度時代の「変わり目」に居たからではないかということが思い浮かびます。

 もちろん、サティアはパロアルトのMRIに在籍していた経緯もあり、また、MRIに在籍していたジェイ・ヘイリーらがエリクソンを研究していたこともあり、サティアとエリクソンが間接的にせよ何らか影響を与え合っていた可能性はあるわけです。特に共通するのはシステミックということなのだと思います。


 それで、スライドに自分の脚注を勝手に付け加えていますが、P.4 あたりをもう少し考えてみましょう。


・健全性と可能性に焦点を当て、病理には焦点を当てない。
 エリクソンも病理には焦点を当てていないことがわかります。

・課題への対処の仕方はその人の自尊心のレベルを示している。
 このあたりは、エリクソン派生のソリューション・フォーカスト・アプローチでも書きましたが、エリクソンの技法が自尊心と自己効力感の両方に働きかける技法であること。また、課題の対処がこの自尊心と自己効力感に関係していることがポイントなのでしょう。もちろん、エリクソンの場合はクライアントを直接的な技法より、間接的なコンプリメントを使うというようなことになるわけですけれども。
 で、自己啓発の本で「セルフイメージを高めよ!」みたいなことが書いてあるわけですが元ネタはここになると思います。但し、エリクソンが働きかけていたのは、基本、実際に何かが出来るという自己効力感であり、言ってみれば根拠のある自信。なので、まったく根拠のない自信を高めていたというわけではないので、ここは注意が必要です。

・「希望」は変化と健全性への重要な要素である。
 「希望」というくらいですから、未来志向ということになります。また、これは、春秋社さんから出版されている「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンス>を育てる」の原題が「Hope and Resiliancy」であることを考えるとエリクソンとの共通点という意味ではかなり意味深です。

・「似ている」からつながり、「違う」ことに成長させる。
 これは、サティアもエリクソンもラポールの達人であったことから考えると非常に興味深いところでもあるわけです。最初は同調するところからはじめて最終的には違いを開発するというのは中々意味深です。

・価値の平等に基づく人間関係。
 このあたりはサティアもエリクソンもクライアント同士、あるいはクライアントーセラピストの相互作用を重視したコラボレーティブなアプローチだということになるのだと思います。

・他人を敬い受け入れることでコミュニケーションの調和を図る。
 このあたりは、サティアが少女を妊娠させてしまった少年に「随分立派な種をお持ちなのですね」といったことやエリクソンが言語パターンとして That's right !を連発していたところから推測できるでしょう。

・高い自尊心を持つ。
 自尊心と自己効力感はその概念として違っていますが、サティアは以下で書いた質問を使って自尊心を高めていく。
 エリクソンは経験を資源として自己効力感を高めていくという感じになるのだと思います。

・(家族)すべてのメンバーの要求を満たす、誤りに寛容で柔軟なルールを持つ。
 このあたりは家族を一つのシステムと見て、家族全体の全体最適化を目指すという感じになってくると思います。もちろん、そのために介入は特定の個人になんらか働きかけるような感じになると思いますが、この個人がシステム思考でいう問題解決のレバレッジ・ポイントということになるのだと思います。その意味、サティアやエリクソンの心理療法自体が非常に「システムマチック」あるいは心体場を綜合する「システミック」である、世の中一般で言われているシステム思考が具現化された技法とも言って良いのだと思います。


 さて、サティアはどちらかというと直接的な表現、エリクソンは間接的な表現が多いような感じがするので、それがスタイルの違いと言ってしまえばそうなのでしょう。もっとも、細かいスタイルの違いはおいておいて方向的には同じゴールを見ていたのだろうなぁと考えているわけです。

文献

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