2014年10月14日火曜日

家族療法、ミラノ派の影響



  
  個人的な趣味の世界だけれど、ベイトソンの円環的因果関係を取り込んだ心理療法の理論と実践としてのミラノ派ははずせないですねぇ・・・・・

 


家族療法、ミラノ派の影響

  要は、人がつくった理論や技法やモノなどを更に発展させて改良する人たちが居るというお話。

  で、比喩だけれど、日本だと種子島に1954年に中国船がやってきて乗っていたポルトガル人から鉄砲が伝わったのが学校の歴史で習うところです。で、ポルトガル人はこれで種子島と貿易して鉄砲を売りつけることが出来るという皮算用を弾く(笑)。最終的には時の領主種子島時堯が娘を嫁がせることで銃床のネジの製造法を教えてもらい、職人達がまさかの鉄砲製造に成功。結局、ポルトガル人は鉄砲自体を売りつけるというビジネスに失敗。[1] 井沢元彦氏の「逆説の日本史」の何巻かに、ポルトガル人は鉄砲を売りつけるビジネスには失敗したけれど硝石は国産化できなかった、と書いてあった記憶。

 で時は変わって第二次大戦中、軍部はドイツからジェットエンジンの設計図を入手、しかし現物を運んでいた潜水艦はあえなく撃沈、そして種子島時堯の子孫である種子島時休は、天才的な勘で一枚の設計図から橘花に搭載されるジェット・エンジンを制作。とこんな具合。[2] 世の中には、何かモデルがあると天才的なヒラメキでその本質を理解して再現してしまうという天才的な人たちがいるということになります。

 で、ミラノ派の家族療法もこんな感じ。元々、1960年代くらいから米国西海岸、東海岸で起こった家族療法。この理論がイタリアに到達。特に、人事交流があるわけではないけれど、1980年、イタリアのミラノに住んでいた心理療法家が西海岸のベイトソンの理論に忠実に家族療法というものを考えたら出来上がったというのがミラノ派の家族療法というわけです。もちろん、日本人が種子島氏並に器用で色々な工業製品を瞬時にコピーできるならば、ミラノ派の人たちはダ・ヴィンチ並に家族療法の技法の本質を見抜き、そしてそれを体系化、改良したということになるでしょう。

 こんなことを考えながらネットに転がっていた「The Mutiny and the Bounty:
The Place of Milan Ideas Today[3]というミラノ派のこれまで、とミラノ派が他の諸流派に与えた影響というエッセーを読んでいたのですけれど、これが中々読み応えがあります。

 で、そんなこんなで、色々エッセーとか論文とか読んでいるわけですが、個人的にミラノ派みたいな感じでシステミックな心理療法を自分なりに再現、体系化したらどうなるのだろうなぁ?などと妄想をふくらませていたところでもあったわけです。
 
文献

[3]http://www.anzjft.com/pages/articles/443.pdf

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