2015年12月2日水曜日

仕事で使えるミルトン・エリクソン(その3)

                          

 人を操る・・・・・エリクソン催眠!!


 これじゃ、人と人との相互作用から創発的に何か新しいことが生まれないよねぇ(笑)。ちゃんと対話しないと。

 そもそも、クライントが自律的に何かできるようにエンパワーするのがエリクソニアン・アプローチだから(笑)。方向が真逆。

 <ひとりごと>




クライアントをエンパワーする技法

 心理療法家のミルトン・エリクソン。伝説が一人歩きして超能力者だったように語られることがある。この能力が非常識な結果を生み出した、と。

  これが本当ならば、我々のような凡人は一歩もエリクソンには近づけないことになる。理由はわけのわからない超能力の存在の有無もさることながら、超能力をどのように身に付ければよいのか?その方法すら皆目見当がつかないからだ。
  
 しかし、学術論文にあたると、まったくもってそういう<事実>はないことが分かる。もっと言うと、エリクソンがやっていたことは誰でもできるプロセスで説明されている。違いは、どこにでもある技法を、少し違う趣向、あるいはコンテクスト(文脈)で使っていたことぐらいだ。ただし、観察による状況把握と技法の精度とタイミングがとんでもなく精緻だ。それでも、エリクソンの技法は誰でも実践できることの積み重ねからできている。[0]

 その気になれば、ミルトン・エリクソンの使っていた方法は凡人にも使えるということだ。もちろん、非常識な結果を生み出すには、練習は必要だろう。観察力を鍛えて、適切なタイミンで活用するする必要はあるだろう。しかし、一歩一歩のほふく前進になるが、それでもエリクソンには近づけるし、うまくなるにしたがって、それなりの結果は出るようになるはずだ。

 ミルトン・エリクソンが使っていたプロセスを学べば、それなりに結果が出る。これがここでのテーマである。
   
 で、今日のお題は以下、[1]


エリクソニアン・アプローチ

セラピストは、変化が起こり得る環境をつくることだけの支援をする。ここで変化を起こすのはクライアント自身である。



  昔、勤めていた会社が、こんな社是を掲げていた。人は誰でもよい仕事をしたいと思っており、良い環境さえ与えられれば誰でも良い仕事をするものだ、と。

 この前提にあるのは性善説。マネージメントの仕事は、部下が働き易いように環境を整えること。つまりは、ねらいは、自律性が発揮できる人や場を創りだすこと。で、エリクソニアン・アプローチとも共通することだ。
 

クライントとの同意は必須

    あるクライアントのプロジェクト。コントラクターの変なおじさんがいた。

 どこが変か?

 クライアントの要件をちゃんと確認しない、ファクトを取らない。クライアントにちゃんと提案しない、独断で何かを始める、と、こんな具合。最悪なのは、元経営者で、自分の想いだけはやたら強いこと。顧客の理想より自分の理想を追求してしまう。悪気はないのだが。

 要は、コンサルティングのお作法、特に立場と役割をよく理解していないというオチだ。自分のやりたいことではなく、クライアントのやりたいことを支援しなければならない。自分のやりたいことは、クライアントのやりたいこととして提案して、同意の元に実行するということだ。

 余談だが、コンサルティングのプロセスの一例は以下、



 1)クライアントの要件、要望を聞く
 2)クライアントへ打ち手を提案する、仮説ー検証ベースで
 3)クライアントの承認をもらう
 4)クライアントの実行を支援する、経過をマネジメントする
 5)クライアントと結果を評価する


 
 当たり前だが、要所でクライントの同意を得て進める。クライアントの実行を支援する。もちろん、最後に期待以上の結果を出す。

 エリクソニアン・アプローチも全く同じだと思っている。

 要所要所で、クライアントの同意を得て進める。最後はクライアントの期待以上、できれば、次元が違う結果を出す。

 ポイントは、クライアントの同意の元に進めるということだ。


 余談だが、私は、心理学大学院出身ではないので、エリクソニアン・アプローチのコーチング利用に限るのだが。

エリクソニアン・アプローチの誤解

で、エリクソニアン・アプローチは誤用されているところも多い。説明を少々。
 

 カーネギーの本に「人を動かす」という本がある。

 元の英語のタイトルは「How to win friends and influence people」。直訳は、「友だちをつくって人に影響を及ぼす方法」だ。確かに、信頼できる友達になって、アドバイスをする。相手は何かやってくれる、かもしれない。何もしなくても相手への影響はある。ウオツラウィックの試案的公理の一つが「コミュニケーションしないでいることはできない」と教えていることだ。[2]

 ただ、相手の行動は、あなたのコントロール外にある。動くかどうかは相手が決めることだ。

 その意味で、「人を動かす」というのは少々大げさだ。

 ただ、この影響なのか、ネットには次のようなコピーが溢れている。「人を動かす、エリクソン催眠」

 酷いのになると「人を操る」「悪用厳禁」だ(笑)。

 これはマヌケだ。頭痛が痛い。

 なぜ、マヌケか?

 エリクソンのアプローチは別名コラボレーティブ・アプローチとも言われる。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/09/blog-post_22.html

 要は、ダンスのように相手との相互作用によってアイディアが創発的に生まれることが期待されているアプローチだ。二人でも<三人寄れば文殊の知恵>。ブレインストーミングを考えるとイメージが湧くだろう。もし、一方が一方を操るということになると、相手はあなた以上のことはできないショボいアプローチだということになる。こういうのは正直御免被りたい。

 上司が部下を操る。セラピストがクライアントを操る。マネキン人形とダンスしているような非創発的なアプローチだ。部下やクライアントは自律性を発揮できない。結果、たいしたものが生まれない。だからマヌケだ。

   世界征服を狙う悪の組織を想像して欲しい。この場合も、現場の下っ端は、トップに操られているとしよう。下っ端は、まさにトップの操り人形であり、現場での創意工夫のへったくれもない。これでは、創造的に悪の理念を広げることも、正義の味方を倒すこともままならない(笑)。

 余談だが、逆も真なり。

 ブラック企業で、上司がまともな場合だ。この上司の部下だけ吹き溜まりで少しはマシになる。しかし、結局は、人事制度や企業文化を変えなければ効果は限定的だ。自律文化のない場ではコーチングが機能しない理由の多くはこれだ。


 話を戻そう、まず、エリクソニアン・アプローチは「人を動かす」ことでもなければ、「人を操る」ことでもないことを知るべきだ。



まとめ

 もう一度、今日のお題を読んでみよう、
  

エリクソニアン・アプローチ

セラピストは、変化が起こり得る環境をつくることだけの支援をする。ここで変化を起こすのはクライアント自身である。



 本質の一つは、コラボレーティブ・アプローチだ。

 そして、もう一つは、クライアントのエンパワーメントだ。

 それを、節度を持って支援する。コンサルタントと同じだ。

 エリクソン財団のガイドラインを読むとよく分かる。

http://ori-japan.blogspot.jp/2014/08/h.html

(つづく)

 文献
[2]https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Watzlawick

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