2015年12月22日火曜日

葉隠とラポールと間接暗示

                         

 それとはなく、暗示することで相手を立てるというのは
 今でも重要なことなのでしょう。
 
 <ひとりごと>


武士道とはラポールと間接暗示と見つけたり

  最近、ブックオフで面白い本を見つけた。徳間書店版『葉隠』[1]。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という例のアレが書かれている山本常朝の語りを田代陣基が書き留めた著作だ。歴史小説家、安倍龍太郎『葉隠物語』の元ネタにもなっている。

 もちろん、江戸時代これが諸藩の武士たちに愛読されたかというと、そういうことはなくて、山本、田代の所属した鍋島藩ですら、ご禁書のような扱いで、ある意味、エッチな本のようにこっそり読むような本だ。また、鍋島武士のお城勤めのハウツーが書かれているような本でもある。

 それで、この中にこんな記述がある。

 人に意見する際には、まず相手がそれを受け入れる気持ちがあるかどうかをよく判断し、お互いに心を打ちあけあるほどの仲となり、こちらの言葉を信用できる状態にしなければならない。その上で、趣味のことなどから気持ちを引き、いい方、いう時期などをよく考え、手紙を利用し、暇乞いの折にふれ、あるいは自分自身の弱点や失敗などの話をして、直接相手に意見せずとも思い当たるようにするのがよい。また、まず相手の長所をほめ、気分を引き立てておいて、ちょうど喉の乾いた時に水を欲するように、こちらの言い分を自然に受入れさせ、欠点をなおしていくのが本当の意見である。大変むずかしいものである。
 注目する点はいくつかある。

 第一は、心理療法などで言われるラポールの重要性だ。意見をする時は、少なくとも、相手から、「こいつは信用できそうだ」と心を通わせなければならない、ということだ。そして、第二は、相手とラポールを築いた上で、間接表現、あるいは心理療法家のミルトン・エリクソンが使っていた間接暗示でもって、それとなく、相手に気づいてもらうように仕向けなければいけないということだ。手紙を用いたほうが良いとも書いてある。こうすればお互いの気持ちがエスカレーションすることはないだろう。

 これが18世紀に書かれたというのはある意味驚きだ。もちろん、『葉隠』が書かれたころは幕藩体制も固まっており、武士も随分気が緩んできた状態だとも想像されるのだが。

 何れにしても変な自己啓発本を読むより、今でもよっぽどためになるというのがこれまた面白いところなのだろう。

(つづく)

 文献


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