2016年7月12日火曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:リフレーミングの理屈


                                                                                                                
 時はバブルの終盤、某自動車会社のCMのコピー。

 「友達以上恋人未満・・・」

 認識論的に、友達、恋人、友達以上恋人未満、の3つの集合上のクラスが存在。

 ある人から見た、そのクラスの中の要素がメンバー。

 例えば、田中さんから見た鈴木さんは、友達クラスのメンバー。

 リフレーミングとは、田中さんから見た鈴木さんが、

 恋人、もしくは、友達以上恋人未満メンバーに変更されること。

     努力なしに達成されることは確率的にすくないだろうが・・・

 リフレーミングとはこういうことだ(笑)。

 <ひとりごと>



リフレーミングを最初に命名したのはMRI

  心理療法の技法であるリフレーミングについて書いておく。リフレーミングは物事の捉え方を変えることで、思い込みの枠組みから出る手法だ。リフレーミングがうまく機能した場合、特定の状況や人、物事に対する反応やそこから湧き出る情動・感情などが変化する。例えば、いつもは会った瞬間に嫌な気持ちが沸き起こる人に対して、それほど気にならなくなるなどの変化が起こる。これは一般意味論が言う<意味反応>が無意識のレベルで変化するということだ。

 リフレーミングは、もともとは米国カリフォルニア州パロアルトのMRI(Mental Research Institute)で家族療法・短期療法を研究しスタンフォード・メディカル・スクールでも教えていたポール・ウオツラィックらが命名した技法だ。[1] だから一度はソースにあたる必要があると考える。逆に言うと巷に氾濫する<リフレーミングもどき>の手法には気をつけたほうが良いだろう。理由はあまり効果がありそうにないからだ。

 さて、ウオツラィックらは、リフレーミングのモデルを構築する上で、バートランド・ラッセルの型理論を持ち込んで集合論的な認知・知覚モデルを構築した。[2] 要は、集合論な考え方で、その範疇をクラス、その中の要素をメンバーと考えるやり方だ。誰でも、幼稚園の時に「仲間はずれはどれだ?」で動物と植物を分けたり、中学の時に「ベン図」を書いたことはあるだろう。これは、ラッセルの<プリンキピア・マテマティカ>を読んでいなくても誰にもできる話だ(笑)。

   認知科学の本を読んでいて、確か動物プランクトンの認識が一番原始的で世の中を<食べられるもの><食べられないもの>に分けているという記述があった記憶がある。もちろん人間もそういった認識を継承しているところはあるのだろうが(笑)。しかし、人の場合の知覚・認識はもう少し複雑だ。

 ウオツラィックの著作から以下を読んで見る・・・
 

1. Our experience of the world is based on the categorization of the objects of our perception into classes. These classes are mental constructs and therefore of a totally different order of reality then objects themselves .....

 私たちの経験する世界は、知覚をどのクラスに分類するのかという、物事のカテゴリー化に基づいている。これらのクラスは心の中の構築されたものであり、完全に異なる秩序の現実を・・・・・

2. Once an object conceptualized the member of a given class, it is extremely difficult to see it as belonging also to another class. This class membership of an object is called its "reality".....

ひと度、物事が与えられたクラスに含まれるメンバー(要素)として概念化されると、それを他のクラスに所属するメンバーとして見ることは非常に難しい。この物事のクラス・メンバーシップのことを(主観的な)「現実」と呼んでいる・・・・

3.What makes  reframing such an effective tool of change is that once we do perceive the alternative class membership(s) we cannot so so easily go back to the trap and anguish of a former view of "reality.

  リフレーミングを変化のための有効なツールとしているのは、私たちが一度、別のクラスメンバーシップとして知覚すると、それを苦悩に満ちて囚われているような以前の「現実」に戻ることできないからだ。

 
 もちろん、コトバだけで腹に落ちない表層的なリフレーミングだと変化の範囲は限られている。これではウオツラィックが言う第一次変化 (First-order Change)のレベルでしか変化が起きない。[3]

 実は、3.の記述も少々不親切だ。理由は、一旦、物事が別のクラスメンバーシップとして認識されればと書かれている点だ。冒頭書いたが、一般的に、田中さんに「友達」と認識されている鈴木さんが、努力なしに「恋人」と呼ばれるクラスのメンバーとして認識されることはない。つまり、実は現在の「現実」から別の「現実」と認識してもらうことが非常に大変なのだ。これはよく「箱から飛び出す」というメタファーでも語られるが、ウオツラィックのコトバを借りると、現在のシステムの外で変化が起きる、つまり第二次変化(Second-Order Change)を引き起こすことが必要なのだが、案外これが困難なのだ。

 もちろん、これが不可能なわけではない。詳細は以下で書いているが、パラドクスを含むそれなりの状況設定と技法が必要なのは言うまでもないことだ。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/01/blog-post_23.html

   もちろん、これが普通にできれば一流のコーチやセラピストと言われ、できなければへっぽこと呼ばれる。まぁ、ある意味、へっぽこから一流へとクラスメンバーを変えることもリフレーミングではあるので、第二次変化ができれば一流になれる機会は誰にでもあるのだが(笑)。
   
(つづく)

文献
[1]https://www.amazon.co.jp/Change-Principles-Problem-Formulation-Resolution/dp/0393707067
[2]https://en.wikipedia.org/wiki/Type_theory
[3]http://socialwork.uw.edu/programs/henrymaier/quotes/first-order-and-second-order-change

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