2016年7月21日木曜日

マインドフルネスに歩く


                                                                                                                             
 これが何の役に立つの?

 と簡単に目的論に還元しない実践が本当は最も役に立つというパラドクス(笑)。

 <ひとりごと>



うんちくより実践が大事?

  チリ出身の神経学者でオートポイエーシスの共同研究者の一人であるフランシスコ・ヴァレラ[1]が認知科学と中観派の仏教の融合のようなものを目指した著作に「身体化された心」[2]がある。残念ながら、ヴァレラは、2001年に志半ば、ガンのためフランスで亡くなる。




  しかし、認知科学、神経科学と仏教との交流はヴァレラの残した「Mind & Life Institute」を通じて今も発展し続けている。[3]



 個人的には仏教を敢えて認知科学のフィルターを立てて観ているところがある、理由は、仏教が日本の文化に溶け込み過ぎて、水を意識しない魚になっているためだ。もちろん、全てを意識で説明できる、などという不遜な考えは持っていないが、形式知としての認知科学と暗黙知としての仏教の相互作用を観ることで面白い経験はできる。もちろん、抹香臭くないやり方で・・・ということになる(笑)。

 前置きが長くなった。UC Berkeley のサイトに「Five Steps to Mindfulness」[4] と題のついたティク・ナット・ハン老師の文書があったので読んでみた。「マインドフルネス」の心身状態になるためにはどうするのか?についての具体的な5つのステップを解説した文章だ。この面白いところは、仏教のうんちくは一切書いていない。書いてあるのは実際のプロセスだけ。しかも誰でもできるほど簡単。道具も要らなければ、お金もかからない。

 サマっておくと以下な感じになる、

  1. マインドフルネスに呼吸する:吸う息、吐く息に注意
  2. 集中する:呼吸に集中する
  3. 身体を知覚する:感覚に気づく
  4. 緊張を解く:リラックスする
  5. 歩く瞑想:上の状態で1歩1歩知覚して歩く

  日常忙しい状況に身をおいていると、案外これが難しい。

 管楽器でもやってなければ呼吸に注意を払う状況は少ない、パソコンや携帯ばかり触っていると自分の身体感覚には気付かない、いつもイライラしているとリラックスできない、スマホや考え事をして歩いているといると今を生きていない、ということになる。ある意味、普通の人の日常とは反対のことを<練習>する形式で<今ココ>にだけ在る、というのがここでもポイントのように思えてくる。

 個人的には、心理療法家のミルトン・エリクソンの妻エリザベス・ムーア・エリクソン(初代ベティ・エリクソン)の自己催眠[5]の外向きのトランスだけを宮本武蔵の目付け[6]の要領でやりながら歩くことが多い。で、効用としては「マインドフルネス」な状態になるだけではなく、知覚が鋭敏になっているので「君子危うきに近寄らず」とか「金持ちケンカせず」も実践できているような気はしている・・・・(笑)。

(つづく)

文献
[1]https://en.wikipedia.org/wiki/Francisco_Varela
[2]https://www.amazon.co.jp/dp/4875023545
[3]https://www.mindandlife.org/
[4]https://uhs.berkeley.edu/sites/default/files/article_-_five_steps_to_mindfulness.pdf
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/03/10_13.html
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/11/blog-post_10.html

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