2016年8月8日月曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:人類学のすすめ


                                                                                                                             
 人類学にも興味が出てきたのは、

 おっさん、いや、大人になった証拠だな(笑)。

 <ひとりごと>



そうだ!人類学を学ぼう・・・

  戦略的家族療法でお馴染みのジェイ・ヘイリーのほぼ晩年の著作「The Art of Strategic Therapy」[1]はシンプルだが行間が深い。

  読み手に色々なことを想起させる形式になっているのは流石だ。で、ちょっと読んで見る。
 

Erickson   encouraged   his   students   to   study   anthoropology   and anthropologists to study therapy. Richeport-Haley, one of a number of anthropologists (including Margaret Mead and Gregory Bateson) who studied  with  Erickson,  benefited  by  his  feedback  for  10  years  on  her work in Latin America and the United States integrating medical and traditional  healing  systems.  Understanding  cultural  background  is important  to  planning  therapy  for individual  cases.  For  15  years, Richeport-Haley   has   been   a   participant   observer   in   Jay   Haley’ straining  while  contributing  an  an thropological  perspective  on  some cases.


 ミルトン・エリクソンは心理療法を学ぶ彼の生徒には人類学を学ぶように、人類学者には心理療法を学ぶように勧めていた。リッチポート・ヘイリーは、エリクソンを研究した(マーガレット・ミードやグレゴリー・ベイトソンを含む)人類学者の一人で、エリクソンのフィードバックを受けてラテンアメリカと米国で伝統な癒やしのシステムを統合することに従事した10年間の研究の成果を活かした。文化的な背景を理解することは、個々人の事例に則した療法を計画するために重要なことである。その後、15年間にわたり、リッチポート・ヘイリーは、いくつの事例で人類学者の視点から貢献しながら、ジェイ・ヘイリーの試練を観察者として見守っている。



 
 ミルトン・エリクソンの心理療法は人類学者でサイバネティストのグレゴリー・ベイトソンと二人三脚で発展してきた、と言っても過言ではないだろう。もっと正確に言うと、心理療法家と人類学者の対話の結果発展し続けている、と。

 個人的には子供の頃からずっと理系で人類学は盲点、だから人類学者と言えば、レビ=ストロースか今西錦司先生か川喜田二郎先生くらいしか思い浮かばない。だが、社会科学的なことをやろうと思ったらやはり人類学者の手を借りるというのが一番、なのだろう。心理療法といえども文化や風習や習慣を切り離して考えることは難しいからだ。
 
 余談だが、家の近所にレビ=ストロースが訪れたという神社がある。また、偶然だが川喜田先生が亡くなった時、ご近所の寺での葬儀に遭遇した。

 さて、人類学のよいところは文化や習慣を「贔屓の引き倒し」なしにメタに記述できることだ。本当は母国の文化以外を2つ比較して研究をすすめるようだが、母国の文化でもできるだけメタに記述することで偏りを防ぐことはできる。

 また、エリクソンが心理療法家に人類学を学ぶことを勧めているということは、心理療法の結果に及ぼす影響として文化、風習、習慣というのが案外大きな変数として効いてくると直観的に理解していたようにも思えるのだ。

 少し細かい話をしたい。ベイトソンはニューギニアのイアトルムル族のフィールドワークを通して組織における人間関係の類型、①コンプリメンタリー、②シンメトリー、③レシプロカルの3つを取り出した。MRI派の家族療法ではお馴染みの概念だ。もちろん、この前提としてイアトルムル族の人間関係はフラットだという、太古の昔から中央集権をやっている日本では考えらない前提がついていた。もちろん、日本で考えるならば、会社でも体育会でも見られる上下関係を考えて、④メタ・コンプリメンタリー、⑤メタ・シンメトリーを追加しないと人間関係を表現するのは難しいだろう。詳細はそのうち書きたい。

 話をもとに戻そう、ヘイリーの著作のつづき、
 

They took  what  the  client  said  very  seriously,  which meant  that they   focused   on  the   problem   that   the   client   presented. Previously,   it   had   primarily   been   the  therapist   who determined  what  the  topic  of  the  conversation  should  be.
Further, the MRI therapists believed it was not necessary to talk  extensively  about  the childhood    of  the  client  and  about any  underlying  problem  causes.  They  believed  that  the reasons for the current problems existed in the here-and-now and  that  solutions  could  be  found  in  the  present, too.


ヘイリーとリッチポートはクライアントが語ったことを真剣に扱った、つまり彼らはクライアントが話している問題に焦点を当てたのだった。それ以前(の心理療法)は、どんな話題を対話として取り上げるべきかは、心理療法家が決めていた。さらに、MRI(Mental Research Institute )の心理療法家たちは、クライアントの幼少期やどんな根本的な原因についてもわざわざ話をする必要はないと信じていた。彼らは、現在の問題の原因は<今ココ>に存在し、その解決策も<今ココ>で見つけることができると信じていた。

 
 ここで、「それまでは、心理療法家が話したいことを話していたのかい?」というツッコミはおいておいて、結構重要なことが書いてある。

 要は、MRIの心理療法家たちは、今起こっている悪循環を人類学の視点も含めて冷静に観察して、<今ココ>の悪循環を断ち切るために<今ココ>から解決策を探せと言っているのは結構格好がよいと思う。

 結局は、退行催眠ではないが、昔を振り返っても虚偽記憶が出来るくらいで、何もいいことがないからだ。

   その意味ではMRIはどこまでも禅的だ、と早速無意識に人類学の視点で、勝手に比較して、勝手に納得している自分の視点があることに気がつくわけだ(笑)。

 何れにしても、こんなすったもんだしながらヘイリーを読み進めている。

(つづく)

文献
[1]https://www.amazon.co.jp/Art-Strategic-Therapy-Jay-Haley/dp/1138987549

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