2016年8月25日木曜日

JAZZと即興とサイバネティクス


                                                                                                                             
 久しぶりにノーバート・ウィナーの

 The HUMAN USE of HUMAN BEINGS を再読するかなぁ〜(笑)。

 <ひとりごと>



実はミルトン・エリクソンもオーネット・コールマンも同じ枠組で見てる(笑)

   ブログを書いている時の自己認識は、「エリクソニアンの皮を被ったベイトソニアン」。エリクソニアンとは心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を継承する一派を指す総称、落語でいったら三遊亭とか桂とかそんな感じ。もちろん、本当はゴニョゴニョと細かい定義はあるのだが。

 で、エリクソニアンという着包みを着てブログを書いているという感じになっている。着包みの中身は、人類学者でサイバネティストのグレゴリー・ベイトソンを継承する一派を気取っている単なるオッサンというわけだ。で、結局、エリクソニアンは単なる皮なので必要におうじて脱げるが、ベイトソニアンはほとんど地なので脱げない(笑)。このあたりは、昔のスポ根マンガの主人公が必殺技を生み出すが如く、全米一ベイトソンの著作のアーカイブを誇るカリフォルニア大学サンタ・クルーズ校にあるマクヘンリー図書館に篭って勉強した結果が出ているのかもしれないが・・・・(笑)。

 それで、この地は何を指すのか?

 要は、自分や他の人の物事の認識のやり方や反応の仕方について、サイバネティクス(特に第二次サイバネティクス: Second-order Cybernetics)のフレームワークを立てて観察している人、ということになる。

 もちろん、サイバネティクスを金科玉条の如く信心しているわけではないが、世の中の相互作用をサイバネティクスのメガネをかけて観察し、それを説明する枠組みとして使う分にはとても便利だ。

 ベイトソンたちは、サイバネティクスのフレームワークを立てて心理療法家としてのエリクソンを観察し、原理原則や技法を形式知として取り出した。もちろん、サイバネティクスはこれに限らない。例えば、外交[1]、経済[2]、経営[3]・・・・・と形式知化が難しい暗黙知に切り込んで例をあげていくときりがない。

 もちろん、適用範囲こういったお固い分野だけというわけではない、柔らかい分野だからこそその能力を発揮できるというのがある、個人的な趣味でもあるのだが、サイバネティクスを音楽特にフリーJazzの即興の説明に適用した「A Cybernetic model approach for free jazz improvisations」[4] というエッセーが面白い。

   フリーJazzと言えば、個人的にコンサートまで足を運んだのは、オーネット・コールマンとかサンラ・アーケストラとか、CDを聴くだけだとエリック・ドルフィとかあまり多くはない。が、通常の即興とは言っても予定調和的なスタンダードJazzと比べると随分自由度は高い。ある意味、場外乱闘はあたりまえ、どこから音が飛んでくるかわからないし、掟なき乱闘がデフォルトの設定だったりする。もっというと音を出す目的も演奏家同士の相互作用でどんどん変わっていくというのがある。こういう先の読めない即興演奏を含めて楽しんでいるところがある。もちろん、音楽は楽譜と違う。もちろん、音楽は説明とも違う。だが、サイバネティクスの枠組みを持ち込んだ説明は、酒場でくだを巻いている酔っぱらいのオッサンの話が以外にも面白かったというような意外な驚きがある(笑)。

 もうひとつ面白いエッセーがある「Improvisation : Methods and Models」[5]これは、普通のJazzの話なのだけれど、もう少し話を進めて、即興演奏をどのように学ぶのか?即興演奏をどのように行えばよいのか?についてサイバネティクスの枠組みで書かれたエッセーだ。即興演奏をする時の、生理学、神経科学でどのような心身状態をつくるのか?サイバネティクス的に①スキルをどのように構造化するのか?②フィードバックと修正は?③予測、フィードフォワードをどう考えるのか?④上下の階層と水平のネットワーク関係?⑤コントロールと時間感覚⑥ タイミングとモーメント不変量は? ⑦運動の記憶は?というような視点から説明されている。

 もちろん、即興は耳コピやスケール練習のようなところから始めるのだろうが、サイバネティクスの枠組みを持ち込んで普段気づかないところを意識させるという意味では非常に興味深い。

 さて、結論を急ごう。

 心理療法家のミルトン・エリクソンはそこで起こる偶発的な出来事をクライアントの認識や行動の変化のために何でも<利用:Utilize>した。[6] その意味、ミルトン・エリクソンの心理療法はJazzの即興演奏的な要素を多分に含んでいる。もちろん、ここでの疑問は、それをどのように学ぶのか?と、それをどのように行えばよいのか?ということになる。

 それで、個人的にサイバネティクスのフレームワークを立ててみれば、オーネット・コールマンの Sax をコピーして、もうすこし建設的に即興演奏するのと、ミルトン・エリクソンの心理療法をコピーして、もうすこし建設的かつ即興的に<利用:Utilize>するのは同じだなぁ、と思っているベイトソニアンな自分がいるというのが今日のオチということになるわけだ(笑)。もちろん、そのほとんどは暗黙知ー暗黙知のコピーになるのもしれない。しかし、ここに形式知を持ち込むことで何か新しいものが生まれる余地は多分に出てくる。

(つづく)

文献
[1]http://faculty.washington.edu/majeski/isa06.paper.pdf
[2]https://www.gwu.edu/~umpleby/recent_papers/2007_SRBS_Reflexivity_Theory.pdf
[3]http://www.leanconstruction.org/media/docs/lcj/2015/LCJ_14_005.pdf
[4]http://www.cogsci.rpi.edu/files/30784
[5]http://musicweb.ucsd.edu/~sdubnov/Mu206/improv-methods.pdf
[6]http://www.asch.net/portals/0/journallibrary/articles/ajch-51/51-4/ericksonclinical51-4.pdf

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