2016年9月10日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:説得しない説得によるマーケティング


                                                                                                                             
 大手の会社が<炎上>マーケティングを意図的にやるというわけにはいかない

 からなぁ〜(笑)。

 <ひとりごと>



説得しない説得と顧客の納得

     備忘録として書いておく。

     心理療法家のミルトン・エリクソンの技法について、個人的には<対話としてのコミュニケーション>と<戦略>に還元して考えているところがある。もちろん、これはMRI(Mental Research Institute)[1]の人たちのやり方だ。

 ただ、個人的には<対話としてのコミュニケーション>については、ニクラス・ルーマンの社会構成主義的なオートポイエティックなモデルを持ち込み、コミュニケーション自体をオートポイエーシスの<構成素>とした生物(なまもの)としてやりとりを見ているところがある(笑)。この後の、応用を考えた時の諸処の事情からだ・・・

 さて、エリクソンの<対話としてのコミュニケーション>の応用ということになるが、ネットに転がっていた、比較的新しい「Ericksonian therapy as a grounding for a theory of persuasive marketing dialogue」[2]というタイトルのエッセーを読んでみたのだがこれがなかなか面白かった。要は、ミルトン・エリクソンの技法をマーケティング・メッセージに応用して、サービス提供者が顧客の生涯価値を向上に貢献し、顧客と中長期的でよい関係を築くために使おうという内容のエッセーだ。

 もちろん、相手の情動や感情を刺激し、場合により騙すように買わせて売り逃げすればこっちのもの、というようなレベルの低い話ではない。また、元気だけが取り柄の押しだけが強い営業、あるいはマーケティング・メッセージはうざったいだけだ。もちろん、こうではない、もう少し間接的に顧客の抵抗を回避して顧客に必要なメッセージを届けるにはどうしたらよいのか?顧客に納得してもらうにはどうしたらよいのか? そんな話だ。 ある意味、ソーシャル時代に<炎上>を狙わない、もう少し上品でスマートなやり方としてのエリクソンの技法というわけだ。

 少々、目を通してみる、

(訳は適当)
 
要旨:

Calls for the abandonment of manipulative and controlling marketing communication practices have become increasingly common in relationship- and service-orientated marketing theories.Scholars supporting such calls agree that the pursuit of communicative control should be replaced by a dialogical , negotiative orientation. 

 <人を操る><人を支配する>のような習慣的に行われているマーケティング・コミュニケーションの実施はいい加減にやめよう、という要求は、関係指向やサービス指向のマーケティング理論における共通認識として高まっている。

However, there has been little thought given to how exactly dialogical marketing communication can practically reconcile itself with the issue of persuasion.

 しかしながら、対話マーケティングのコミュニケーションが、実際どのように(顧客を)説き伏せる課題に甘んじることになり得るのか?についてほとんど注意が払われてこなかった。

 In this article, I argue that a critical appraisal of the techniques of the clinical hypnotist and therapist Milton Erickson can provide marketers with a constructive framework with which to refashion their communicative roles and practices around the notion of a therapeutic, rhetorically grounded,marketing dialogue in which marketing stakeholders interweave dynamic narratives of value, which have the power to change other stakeholders and themselves. 

 本論では、私の主張する臨床催眠士で心理療法家のミルトン・エリクソンの技法についての批判的評価を行う、ここでは、心理療法や修辞法に根ざし、マーケティングの対話の概念の周辺にあるマーケターのコミュニケーションの役割と実践を改造するために建設的枠組みを提供することができる、これにより、マーケティング関係者は、他の利害関係者と自分自身を変える力を持っている価値ある動的なナラティブを織り交ぜる。

I also use the comparison with service-orientated marketing literature to point out certain weaknesses in the Ericksonian conception of the therapist/client dyad.

 また、セラピスト/クライアントの2つが一つの要素とされるエリクソニアンの概念に一定の弱点を指摘し、サービス指向マーケティングの文献との比較を使用する。

 
 究極は、顧客毎のメタファーとかナラティブみたいな方向になるのかもしれないが、興味は尽きない。
 

(つづく)

文献
[1]https://en.wikipedia.org/wiki/Mental_Research_Institute
[2]http://mtq.sagepub.com/content/15/1/95.full.pdf

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