2016年9月2日金曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:一つだけ、いつもと違うことをする8つのステップ


                                                                                                                             
 一つだけでもいつもと違うことが、簡単に出来るのだった苦労はないのだが(笑)。

 <ひとりごと>



一つだけ、いつもと違うことをする8つのステップ

 <世の中どこでどうつながっているか分からない>

  好きな諺の一つに『地獄への道は善意で敷き詰められている』というのがある。確かに、身の回りで起こっている問題・課題のほとんどは、関係者の「よかれと思ってやった行為」がシステム論的に作用し、問題や問題の悪循環をつくりだしていることが多い。反対に、水戸黄門のように悪代官と悪商人を勧善懲悪で退治すれば、めでたしめでたし、とは行かないのが世の常だ。誰がどのように決めたのかよく分からない「悪いヤツ」を追い出したばかりに余計に事態が悪化することもよく起こる。要は、組織や意思決定者がバカということだ。
    もちろん、問題はシステムとして起きている、だからシステム論的に分析をすればよいようにも思える。しかし、世の中色々なところが円環的因果関係で関連していて、どこがどうつながっているのかは分からない。だから、そう簡単には分析できない、というジレンマに陥る。とても悩ましいことだ。では、一体、どうしたらよいのか?

 <今の悪循環を崩す>

 とりあえず、何か一つ変えてみて様子を見てみる、そして試行錯誤してみる、となる。ある意味、ブルース・リーが言った「Don't think , feeeeel !」、「システムを体で感じろ!」という世界でもある。その状況での身体知、暗黙知が頼りだ。

 さらに、現在の悪循環のパターンを変えるために具体的に何をどう変えるのか?と問われるかもしれない。もちろん、クライアントが(人間関係を含む)悪循環からぬけ出す支援をしていたのが心理療法家のミルトン・エリクソンであるし、これを形式化しようとサイバネティクスの枠組みを持ち込んだのが人類学者のグレゴリー・ベイトソンらのMRI(Mental Research Institute)の研究チームというわけだ。だから、この技法を使って今の悪循環を崩せばよいというのがここでの趣旨だ。もちろん、この悪循環を崩すやり方として、蟻の一穴が全体を変える、「Less is more !」というように介入はできるだけ少なくするのが理想だ。

 ウンチクが過ぎた。ネットに落ちていた面白い資料がある。タイトルは、「Do one thing different 」[1]というドキュメントだ。エリクソンの技法を部分的に継承する心理療法家のビル・オハンロンとスコット・ミラーの著作などからまとめた「一つだけ、いつもと違うことをする技法」が8つのステップのワークシートで示されていて面白い。短期療法の Do different / Do More の違いは書いた。[2] 要は、MRIとソリューション・フィーカスト・アアプローチとでは前提の優先順位の違いが哲学の違いでもある。また、スコット・ミラーは心理療法の技法の違いが効果に及ぼす影響なんて 15%くらいしかない[3][4]と言っているちゃぶ台返しと自虐ネタが好きな愉快なオッサンだ。先を急ごう。

 <一つだけ、いつもと違うことをする8ステップ>

 この前提として上のワークシートは自分で記述しながらエクソサイズができるようになっているのが面白い。ここでもこれを前提に説明する。もっとも、このドキュメントではプロブレム・フォーカスとソリューション・フォーカスが少しごっちゃになっているところがあるがそれはご愛嬌だ。

ステップ1(変えられることを選ぶ): 問題の状況を思い浮かべる。ただし、前提条件がある。問題の状況を思い浮かべても、ある程度冷静でいなければならない。つまり、問題の状況がメタ認知できている。あるいは、外在化[5]できているということが前提条件となる。ミルトン・エリクソンはこのためにトランス状態を活用した。催眠やトランス状態に何か不思議なものを求めてはならない。トランス状態では既存の認識の枠組み(Frame of Reference )を含む信念システム(Belief System)を弱めることが出来るために、問題の状況でもいつもの情動が沸き起こったり、論理的ではない反応が起こり難くなる。単にそれだけのことだ。このあたりはエリクソン&ロッシの「Hypnotic Realities 」にゴニョゴニョと書いてあった記憶がある。

 そして、変えられることを一つ選ぶ。(例:何かのタイミング[遅くする、速くする、ずらす]、身体の反応パターン、使っているコトバ、問題が起こっている場所、物事が起こる順番、シーケンス・・・)。これについて、MRIの代表的な介入で「Go Slow!」[6]というのがある。誤解を恐れずに言うと、問題の場面をビデオの視聴者の視点からスローモーションで再生してみるのも悪循環を断ち切るための一つの手段ではある。逆に変えられないこと、あるいは変えるのに非現実的な労力を必要とすることを選んではならない。山はこちらから歩いていくもので、山自体を動かしてはいけない。

ステップ2(道具や支援者を求める):その問題をよい方向にできそうな道具や支援者を思い浮かべる。次に問題が起こった時、支援者がやっていることを自分でやってみる。もしくは、過去自分で上手くできた対処法を試してみる。要は、「それを上手く解決できそうな人は誰?具体的にどんなプロセスでそれをやっている?」「過去、自分で上手く解決できたことは?その時それをどんなプロセスでやった?今回それをやるとしたら、具体的にどうやる?」とシミュレーションしてみることだ。但し、変えるのはステップ1で選んだほんの少しのことだ。

ステップ3(感情・情動で反応しない):その問題に対処する時、その気持ちが沸き起こり難くなったらどう反応、行動するのか考えてみる。要は、問題をメタ認知、外在化した状態で、情動が沸き起こらなくなり、その問題に論理的に振る舞うとしたらどうなるのか?イメージしてみることだ。嫌いな人間、ムカつく人間を前にしていつもなら無意識に文句を言うような場面でも、もし、その情動が起こらなくなったらどう振る舞うのか?をイメージしてみる、といった場合だ。

ステップ4(焦点を変えてみる):システム論的に、人は目の前にある<現象>に目を囚われ易い。そして、その<現象>が物事の全体だと思ってしまうところがある。これとは反対に、ここで起こる<現象>は背景にあるもっと大きなシステムの現れの一部だと考えてみることだ。他に、時系列を極端に長く取ったら?逆に極端に短くしたらなど、枠組みを揺すってみる手もある。もっとも、普通はコーチングやセラピストがいる場合は、クライアントのコトバから枠組みを推測してリフレーミング使うことになる。[7] 

ステップ5(問題の解決された未来):問題の解決された近未来を臨場感を持ってイメージする。詳細はこのあたりで書いた。[8]  もちろん、大人になるにしたがって何も制約がない場合に実現される理想の未来を思い浮かべることは難しくなる。最初から、制約を考慮した中途半端な落とし所を考えるのが大人だから。しかし、ここではまず制約がない理想の未来を思い浮かべる練習をする。制約はその後で考えれば済むことだからだ。山より大きなイノシシは出ない、がイノシシは最大限どこまで大きくなれるのか?は考えておいても損はない。

ステップ6(ソリューション・トーク):ソリューション・トークについてはこのあたりで書いた。[9] 要は、どうしてこうなった?からどのようにして解決しよう?と考え方やコトバを転換することだ。

ステップ7(困った時の神頼み): このあたりは人類学あたりから著者に聞いてみたいところでもある。[10] で、この著者はおそらくプロテスタントだろう。キリスト教の予定説が心理療法やコーチングの効果に及ぼす影響などをテーマに研究すると面白いのかもしれない。予定説は努力してもしなくても結果は神が選ぶので最初から決まっているという考え方だ。逆に普通の日本人は、仏教と神道の影響下にある。仏教は努力すれば未来は変えられる因果律だし、神道はある意味メタ認知の装置としても使える。[11][12] 特定の宗教を信じていなくても、「こんな問題があってムカつく!」から「神様はどんな意図があって私にこんな問題を与えたのだろう?」と考えることは視点の転換にはなる。

ステップ8(主客を区別して行動として記述する):もちろん、人は自分の視点で見ているので、純粋な客観というのはありえない。が、コトバの力を借りて、主客の区別をつけてみるというのは重要だ。[13] [14]自分の視点や気持ちは重要だが、反対に、起こっていることを行動として客観的に記述してみるのも重要だ。その状況で適切な行動をしていること自体がゴールになることは書いた。[15]

 それで、何か一つだけ、いつもと違うことをやってみるという具合だ。もちろん、実際に問題が起こった時、あるいはその場面でだ。上手くいくかどうか?はやってみないと分からない。だからやってみる。また、何かやっても結果は少し遅れてやってくる。システムでは当たり前のことだ。だが、システム全体から見た場合、ほんの少しのことだけれども、システム全体に何らかの影響を及ぼしているのは間違いない。楽しみながら8つのステップを繰り返してみることだ。そのうち、何かが変化したことに気がつくはずだ。上手く行けば、小さな介入でシステム全体が変化することがある。

 余談だがエリクソンだったら、論理的に考えるだけではなく奇想天外の<逆説的介入>[16]や変化のために使えるものは何でも利用する<ユーティライゼーション>[17]、あるいは<メタファー>[18][19]を使い上手く行動できるように示唆することになるだろう。その意味、一人で考えただけではどうしても小さな解決策で小さな変化になりがちだ。だが、まずは出だしとしてこのあたりから始めるのは少なくともスジは悪くないように思えるのだが・・・・・
 
(参考)エリクソンのセッション

http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/195811.html

(つづく)

文献
[1]https://www.andrews.edu/~coffen/Do%20one%20thing%20different.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/07/blog-post_7.html
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/01/blog-post_27.html
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/05/blog-post_11.html
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/10/blog-post_12.html
[6]http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2789564/
[7]https://helda.helsinki.fi/bitstream/handle/10138/22824/seeingth.pdf
[8]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/11/blog-post_18.html
[9]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/02/blog-post_6.html
[10]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html
[11]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_11.html
[12]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/11/20.html
[13]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/12/blog-post_30.html
[14]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/10/blog-post_31.html
[15]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/05/blog-post_30.html
[16]http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2789564/
[17]http://www.asch.net/portals/0/journallibrary/articles/ajch-51/51-4/ericksonclinical51-4.pdf
[18]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_23.html
[19]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/11/blog-post_4.html

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/okirakusoken

0 件のコメント:

コメントを投稿