2016年9月11日日曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:関係、と関係についての関係について


                                                                                                                             
 知り合いのベンチャー企業が諸処の事情で分裂。

 ベイトソンの研究からすると、社長と副社長のシンメトリカルな関係が

 エスカレーション、

 これを止める施策を打たなければ、当然そういう結果にはなるわなぁ〜(笑)。

 <ひとりごと>



関係は変えられる?

   備忘録として書いておく。

 会社員時代、米国カリフォルニア州のサンノゼあたりまでは出張でたまに行っていた。が、国道101号線沿いをウロウロするだけで、国道17号線に乗って山を超えて太平洋に面しているサンタ・クルーズに行く機会には恵まれなかった。理由は単純、国道101号線沿いで仕事は完結しており、サンタ・クルーズ→カーメル→週末の保養か観光という認識だったからだ。

 それで、初めてこの山を超えてサンタ・クルーズに行ったのが10年ちょっと前ということになる。人類学者でサイバネティストのグレゴリー・ベイトソン関係の蔵書では全米一の量と質を誇るカリフォルニア大学サンタ・クルーズ校のマクヘンリー図書館とかに色々用事があったためだ。それ以来、夏季の一ヶ月弱滞在が3回、日本のジメジメした夏と違って、木陰に入るとクーラの効いた部屋にいるような、からりとした気候は慣れるとなかなか快適だ。

 調べ物ついでに、ダウンタウンに「Logos」[1]という名前の古本屋があって、ここでも色々ベイトソン関連の著作を物色した。「Logos」とは、ストア派哲学では宇宙の原理と人間の理性を包含しているコトバということになる。が、ゴルゴ13ならば、「お前のストア派哲学の講義を聞きに来たのではない!要件を聞こう!」と先を急がされることになるだろう(笑)。

    色々立ち読みしていると、「何か探しものでも?」と話しかけてきた初老のオバちゃんがいた。「グレゴリー・ベイトソンの古本」と答えると紹介されたのが スタンフォード大学出版から出ているベイトソンの処女作である「Naven」[2]だ。初版は1933年で、持っているは1958年版の改訂版だ。で、このおばちゃんは、1970年代にご近所にあるカリフォルニア大学サンタ・クルーズ校の学生だったとのこと。今もサンタ・クルーズに住んでいるとのことだったが、当時、サンタ・クルーズ校のクレスギー・カレッジでベイトソンの講義を取ったとのことだった。サンタ・クルーズ校で言うカレッジは日本でいう「学部」に相当する。カレッジの集合体がユニバーシティだ。

 さて、前置きが長くなった、「Naven」の内容だが、阪大の先生がとても分かりやすくまとめてくれているのでこのへんを読むと分かりやすい。ここでは、ニューギニアのイアトムル族を対称としたフィールドワークから人間関係の類型である①対称(シンメトリカル)、②相補(コンプリメンタリー)、③互換(レシプロカル)の3つが説明されている。

 もちろん、実際の人間関係はもう少しややこしい [3]。もっと正確にいうとMRIの人たちによるベイトソンの発展形というか、特殊な形式として、④メタ対称(メタ・シンメトリカル)⑤メタ相補(メタ・コンプリメンタリー)があるということだ。

(訳は適当)
 

Relationships resulting from communicative ties are described by Bateson(1958) and classified into two types:the first type of relationship is defined as complementary , and the second as symmetrical. In the first kind, the communication people try to polarize each other. In the second type, the partners try to keep changing ties in order to avoid competition . The relationship changes according to changing circumstances of life .

  ベイトソン(1958)によって表現されたコミュニケーションの結びつきとしての関係性の成果は、2つの類型に分類された。一つ目の類型は、相補(コンプリメンタリー)、そして二つ目の類型は対称(シンメトリカル)である。一つ目の類型は、(コミュニケーションに関わる)それぞの人が二極化させるようなコミュニケーション。二つ目の類型は、パートナー同士が競争を避けるために関係を変化させるようなコミュニケーションである。この関係性は、生活の環境の変化に応じて変化する。(※相補の場合は、あえて違いを強調することは問題にならないが、対称の場合は細かい違いを強調することが意味のない競争につながり、組織やチームの分裂生成につながるとした。)

 More complex are the meta-complementary and meta-symmetrical relationship (Watzlawick, Beavin ,and Jackson , 1967) . In the meta-complementary relationship , one person impose on or allows the other to show responsibility for him . In the meta-symmetrical relationship, one person imposes on or allows the other to be equal to him . 

 より複雑なのは、メタ・コンプリメンタリーとメタ・シンメトリカルの関係性だ。メタ・コンプリメンタリーの関係では、一方がもう一方に「私のことに責任を持って」と押し付ける、あるいは許可する、ような関係だ。メタ・シンメトリーの関係では、一方がもう一方に「自分と同等になるように」と押し付ける、あるいは許可する。

Understanding these relationships explains the special nature of the relations of couple where one partner has decided to be unfaithful. This situation illustrates nonacceptance of relations, done on a one-side bases. It is a show of strength  , a step usually taken when all other options are barred . Not every system about to change necessarily undergoes a major crisis. A crisis occurs when one partner feels that his status as an adults is hurt.

   これらの関係の理解は、片方が不義理をすると決めたカップルの特別な関係の本質を説明している。この状況は、一方の人によって行われたことに対する関係性を受け入れられないことを示している。これは他の選択肢が一切禁じれれた時に取られるその強度が示されている。必ずしも変化しようとしているシステムのすべてが重大な危機にあるわけではない。危機は、パートナーの一方が彼の大人としての地位を傷つけられたと感じるた時に起こる。

 
 で、色々な推論が出てくる。例えば、縁切り寺の「縁切り」。ベイトソン的には方向性は2つ、一つは補完関係が行き過ぎてお互い興味がなくなるような場合、おそらくお互いが興味を失う自然消滅。もう一つは、対称が行き過ぎて喧嘩別れ。これが良いか悪いか?は別にして縁切りをつきつめれば2つのうちどちらか?の方向になる。もちろん、組織や普通の人は、こうならないように関係を維持するための色々な努力をしている。一つの施策は、レシプロカルに相手と立場を入れ替えてみること。飯をつくる役割を入れ替えるとか、そんなの。決まった施策があるわけではないが、ベイトソンが研究したのはこんなことだ。今ではMRI派家族療法の基本的考え方みたいなところがある。

 さらに、個人的に思うのは、拡大解釈すれば、メタ・コンプリメンタリーとメタ・シンメトリカルな関係は、会社組織でも使えそうだということだ。簡単にいうと、メタ・コンプリメンタリーは「他人と違うことを推奨」するような、なんとなくの雰囲気となるだろう。もちろん、会社の場合、上手く行けば<創造的な会社>になるかもしれないし、失敗すると<各自バラバラな会社>となるだろう。一方、メタ・シンメトリカルは「同調圧力」とも取れる。会社の場合、上手く行けば<統一感のある会社>になるかもしれないし、失敗すると<違うことを許さない働いてもつまらない会社>となるだろう。もちろん、社風を設計する時にどんな関係性をそこに築きたいのか?は考えておかなければならないだろう。

 さらに、コーチやセラピストという立場ではこれらの関係はどうなるのだろう?と考えると興味深い。ひとつは、クライアントが<現状>どのような利害関係者とどのような関係にあって<理想>はこの関係をどうしたいのか?ということ。また、コーチとクライアントの関係をこのパターンからするとどう持って行きたいのか?ということ。おそらく、ニコニコしてバックトラックだけやって呼吸を合わせれば全てOKみたいな頭の悪そうなことだけでは終わらないことだけは分かってくるのだが(笑)。おそらく、コーチはクライアントとコンプリメンタリーな関係を築く、そしてクライアント自身が自分でセルフ・コンプリメンタリーが出来るように導く、コーチが居なくてもクライアント自身で色々できるようになる・・・・のような関係が理想ではあるのだろうが・・・・・
 
(つづく)

文献
[1]http://www.logosbooksrecords.com/
[2]https://www.amazon.co.jp/Naven-Gregory-Bateson/dp/0804705208/
[3]https://books.google.co.jp/books?id=QRqsAgAAQBAJ&pg=PA76

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