2016年9月9日金曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:癒やしの英会話(その5)


                                                                                                                             
 コトバの行間には、前提や信念みたいなものがのっている。

 自分のコトバからどんな前提や信念が相手にどう伝わっているのかを考えると、

 ちょっと空恐ろしくなるよねぇ(笑)。

 
 <ひとりごと>



示唆するように話す・・・・

     エリクソンっぽく話すにはどうすればよいのか?

こんな疑問が湧いてくる時がある。もちろん、セラピストやコーチが焦点を当てるところ、とか方向性ということになるだろう。で、ネットに落ちていたオハンロンさんの資料[1]を読んでみると以下な感じのことが書かれていて面白い。読み方は(○○ではなく→○◎に焦点を当てる)だ、ただし、相手には暗にそれとなく示唆するようなスタイルになるだろう・・・・・

機能障害/欠陥→強み/可能性、を示唆する

 これは、機械の故障ではなく、人の失敗などを扱う場合全般に当てはまるようにも思える。ある文脈で失敗ばかりしている人が居る。これを見た人、あるいは上司は、この人に「無能、ダメなヤツ」というレッテルを貼る。もちろん、普通の会社であれば面と向かって罵倒される、みたいなことはない。それとなくため息をつかれる、とかそんな感じにはなるだろう。しかし、こんなことの積み重ねが、本人にとっては、いつの間にか、「何をやってもダメなヤツ」のように偏見で固定化されたものの見方となる。しかし、一見ダメなヤツと思われていても、ひとつくらいは、強みを発揮していたりするものだ。

 もちろん、これはポジティブ・シンキングのような妄想とは違う。あくまでも、その状況で発揮されている、事実としての、強みや可能性をよく観察して見つけるということになる。あるいは、状況設定や文脈を少し変えてみて同じように強み、可能性を見つけるということになる。例えば、細かい事務処理はダメでも顧客と話す営業には向いているというような強みを見つける感じだ。もちろん、機械の障害などは原因追求が必要だ、しかし、人間の場合は欠点を直すやり方より、得意なところで強みを発揮してもらうやり方のほうが上手くいくことが多いし、手間暇がかかならないのは経験から明らかだ。昔のマイクロソフトではないが、欠陥やバグを<仕様>と言い切る面の皮の暑さも時には必要だ(笑)。ただ、エリクソンの場合は、強みを見つけてボソッと呟くみたいな感じにはなるのだろうが・・・

病理→健全を示唆する

 これは、エリクソンの弟子筋にあたるスティーブ・ランクトンがエリクソンを観察して取り出した原則の一つでもある。[2] これは少々説明が難しい。正確にいうとクライアントと話す時に行間に「おまえは、どうせ病人なんだから!」「どこか悪いんだろう!」というメタ・メッセージを乗せて話さないということに尽きる。コトバの端々から、相手にこう感じられてはいけないということだ。だれでも、「異常」とか「病人」とか、人格レベルでのレッテルを貼られるのは嫌なものだ。もちろん、治療は専門性をもった医師に任せておこう。ここで言いたいのは相手を安易に病人扱いした素振りを見せないということだ。

悪意と抵抗→善意と協力を示唆する

 これも非常に興味深い、要は相手に「わざとやっているでしょう!」というメタ・メッセージを送らないということにつきる。ある意味、相手から自分の都合の悪い迷惑を被っても「よかれと思ってやったことだよね!」というメタ・メッセージを送るという具合に、一挙手一投足を善意を持って解釈していますよ、とすくなくともそのフリはするということだ。悪く言えば。これで、相手も自分のやっていることを善意に解釈してくれていることが分かれば、あなたに対する抵抗も少なくなるだろう。

治療→コンサルテーション/小さな変化を示唆する

 これも、上の病理のところと似ている。治療、治療という事自体が相手に「お前は病人だ」「悪いところがある」というようなメタ・メッセージを送ってしまうことにつながる。こういった人格レベルに暗に貼られたレッテルを剥がすのは非常にやっかいだ。だから、治療とは言わずに、<欲しいもの><成りたい状態>に焦点を当てるコンサルテーションと言うとか、事実としての行動の変化に焦点を当てるというのは、色々な意味で興味深い。
 
 権威主義/情報の囲い込み→協調/専門性の共有を示唆する

 エリクソンは必要性がない限り、権威的には話さないし、情報の囲い込みをして「どうせ素人には分からないだろう!」などということはしない。ある意味、子供にも分かるように丁寧に説明し、気づいたことをクライアントと共有し、相手の意見も専門家の意見なみに尊重する。こういうことは実はとても大事なことだ。少なくとも相手の前では「面白い意見だ!」とかいっても何の実害もないだろう。特に、衆知の知恵を集めることが重要になっている時代でもあり、日常生活や仕事の場面でもこういうことは重要なことだ。

  途中経過 →ゴール/成果を示唆する

  まず焦点を当てるのは、今ダラダラやっていることではないということだ。逆に「何のためにやっているの?」「結局、どうなっていればよいの?」「最高に上手くいったらどこまで行けるの?」、すくなくとも理想のゴール、成果を一度意識してもらうのは重要なことだ。

過去→現在、未来を示唆する

 昔を振り返るのも無駄ではないだろうが、過去にやったことは変えられない。少なくとも、今何をするのか?これから何をするのか?ここに焦点を当てることは非常に重要だ。過去の成功体験も、今やっていること、これからやることのための資源・資質(リソース)として使うということだ。

一次的な情動→二次的な情動を示唆する

 「怒っている」というような一次的な情動に焦点を当てても、怒りが増幅するだけだ。但し、その意図などに焦点を当てると違うものが見えてくる場合がある。「ものすごく怒った」→「間違ったやり方をして誰かが怪我をするかもしれないと思ったからだ」。こうなると怒りは愛情の裏返しだと気づく。単なる怒りから色々なものが見えてくることになる。

スタックした心の分析→変化の方向性を示唆する

 どうしてこんなことになってしまったのだろう?少なくともニュートン系力学ではなく心理系の場合はこういったことを考えても意味がないということだ。少なくとも、ブリーフセラピーでは。それより、結局、どうなりたいの?どう変化したいの?どうなっていればよいの?と変化の方向を示唆したほうが建設的だという話になる。
 
人格性格の問題→行動やプロセスを示唆する

 ベイトソンもそうだが、そこで起こっている問題は固定的な人格や性格の問題ではなく、文脈や関係者間の<関係性>で起こっていると考える。つまり、性格を変えるのではなく<関係性>を変えることで問題解決を図るような考え方だ。つまり、性格変えようなんてアホなことを考えるより<関係性>かえるためにこれからどう行動しよう?あるいどんなプロセスでやろう?と考えるほうが建設的だということだ。

 さて、ダラダラ書いたけれど、これを相手を説教するようなやり方ではなく、ポツリとつぶやいたり、示唆するようなやり方で実行する方法を考えると、興味は尽きないところでもある。

(つづく)

文献
[1]http://www.billohanlon.com/LazyMan/files/solution-based-basics.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/03/blog-post_9.html

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