2016年9月26日月曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:クライアントのコトバで話せ


                                                                                                                             
 「セラピストはクライアントのコトバで話せ!」

 でも、バックトラックばかりしても、変化は導けない。

 だったら、クライアントが使っているメタファーを活用しようよ(笑)。

 <ひとりごと>



一つの実装としてのクリーンランゲージ

  備忘録として書いておく。

ミルトン・エリクソンは鏡》心理療法家のミルトン・エリクソンは自身の心理療法を暗黙知としてしか残さなかった。残っているのはクライアントとの対話録、話したメタファー、あるいは逸話くらいだ。

「エリクソンはこう考えた」「エリクソンはこうやった」として残っているのはその研究者や弟子筋の人たちによって体系化されものがほとんどだ。例えば、人類学者のグレゴリー・ベイトソンはサイバネティクスを持ち込み、エリクソンの技法についての理論やモデルを構築した。アーネスト・ロッシは心理学の知識を総動員してエリクソンと本を書いた。グリンダー&バンドラーは初期の生成文法を持ち込み「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」[1][2]にあるモデルをつくった。ジェフリー・ザイクは説明用にエリクソニアン・ダイヤモンドという名称のモデルを使っている・・・・・・・。もし、物理学を持ち込んだ人がいればTOC(Theory of Constraints)のような体系ができていたのかもしれない。しかし、何れの形式知もミルトン・エリクソンそのものではない。海水から塩は出来たが、それを水に溶かしたからと言って海に戻るわけではないのと同じだ。

 もちろん、ここには危険性もある、科学的な思考ができない人がエリクソンを観察すると、「エリクソンは超能力を使っていた」「エリクソンはクライアントの心が透視できた」「エリクソンの体から謎の光線が出てそれが患者を癒やしていた」とかへんてこなスピリチュアルな神話や都市伝説みたいなものが出来上がるという具合だ(笑)。エリクソンは暗黙知しか残していない、そのためエリクソンはその観察者を映す鏡のような働きをする。観察者が科学的なら、科学的に映るし、科学者がスピリチュアルならスピリチュアルに映るという構図がここにある。これは今後もこういう構図が変わることはないだろう。ただ、もっと肯定的に考えると、良くも悪くもエリクソンはクライアントに「ありのままの自分」が見えるの姿見(鏡)を提供していたことになる(笑)。

リッターマンが観察すると》しかし、幸いなことにエリクソンを観察したのは、ほとんどの人は修士号や博士号をもったまともな人だったということだ。例えば、ミシェル・リッターマンはエリクソンの技法を以下のような8原則として捉えている。[3]
  1. 楽天主義者でも悲観主義者でもなく、現実主義者であれ。
  2. セラピストは変化が起こりえる環境をつくるだけで、実際に変化を起こすのはクライアント自身である。
  3. セラピストは必ずクライアントのコトバを用いて語れ、それ以外はあり得ない
  4. 自分の「痛み」を自分の師とせよ。
  5. 変えることのできないことを受け入れよ。
  6. 人の振る舞いを徹底的に観察せよ。理論ではなく、この観察だけが、その状況に即した唯一無二の介入へと導く。
  7. セラピストは「神」ではない、単なる「道先案内人」に過ぎない。
  8. セラピストが「答え」を与える必要はない。セラピストは、クライアントが心を開いて「見る」「聴く」「体験する」手伝いをするだけの存在である。

クライアントのコトバで語るのは難しい》ネットにある映像を見たり、購入した著作を読むと、確かにエリクソンはクライアントの話したコトバを利用して話している。[4] これは非常に重要な点だ。逆に言うと、ネットにある、エリクソンを謳っていながらも、セラピストが、ハイヤーセルフだの、インナーチャイルドだの、前世だの、潜在意識(エリクソンはクライアントには、無意識に、無意識がしか言わない)だの、クライアントが言っていないのに使うのは、そもそも「どインチキ」だということだ(笑)。エリクソン財団のトレーニング・ガイドライン[5]にもそんな話は一切出てこない。もちろん、エリクソンとは無関係の単なるスピリチュアルとしてやる分には勝手にすればよいと思う。誰にでも表現の自由はある。もちろん、反面教師としての学びもある。

 だが、案外「セラピストは必ずクライアントのコトバを用いて語れ、それ以外はあり得ない」という原則は重たい。中途半端なセラピストほど、スピリチュアルでなくても、クライアントのコトバや世界観を傾聴することから始めないで、自分のコトバ、自分の自分の信じていることや概念を押し付ける傾向にあるからだ。

バックトラックだけでは変化は導けない》上を通過しても、セラピストは二項対立に陥る可能性がある。「クライアントのコトバで話さなければならない」が、「バックトラック(オウム返し)だけしていたのでは変化は導けない」という二項対立だ。確かに、オウム返しだけしていても、クライアントの認識の枠組みの変化や行動の変化を支援し、理想の状態に近づくように支援するのは難しい。ミラーリング、バックトラック、ペーシングだけやってラポールをとってもクライアントが変化するわけではないのは明確だ。へっぽこセラピストもどきが陥る落とし穴と言ってもよいかもしれない(笑)。

クライアントのメタファーの変化を支援する》ベイトソンの「Theory of Mind」[6]からすれば、行動や認識の変化のためにはより論理階梯の高いレベルでの変化を支援する必要がある。ということになる。簡単に言えば、クライアントからメタファーを引き出して、これを変化させればよいということになる。これは、リチャード・コップの「クライアント生成メタファー」[7]で説明したところだ。結構学術的だが・・・クライアントの変化を支援する技法の要件のようなものは見えてくる。例えば以下だ。

❶クライアントのコトバだけを使う
❷クライントを制限している枠組みを見つける(ただし、間接的に)
❸クライアント自身でその枠組みを変化させてもらう(ただし、間接的に)
※セラピストのコトバ、信念、価値観をクライアントに押し付けない

普通の人が簡単にメタファーを使うために》自分の思考の枠組みを明示しないで、この要件を満たす技法は何かないか?個人的には、UCバークレーで認知言語学者を教えているジョージ・レイコフの「Philosophy in the flesh」[8]あたりまで手を伸ばしながら、身体表現や身体感覚までを取り扱ったメタファーについて色々探しまわりはじめた。答えは、案外早くみつかる、その一つは「Metaphors in Mind: Transformation Through Symbolic Modeling」[9]というタイトルのシンボリックモデリングとクリーンランゲージと呼ばれる手法について書かれた著作だ。もちろん、こちらには入門書もある、こちが邦訳も出ている「クリーンランゲージ入門」[10]という著作だ。



実は2009年くらいに出版社さんに原書を紹介しておいた本だ。もちろん、個人的には「こんなのありますよ」とご紹介しただけで、翻訳、編集、出版に至る99.9999・・・・%は出版社さん、編集者さん、翻訳者さんの努力の賜物だ。(ただ、まだ重版になっていないのは陳謝いたします)。さて、クリーンランゲージにはいくつかよいことがある。まずは、明示的な「催眠誘導」が必要ないということだ。もちろん、「催眠誘導」に成功したからといって変化に導けるわけではない。これは、エリクソン自身が語っていることだ。[11] また、上で書いた3つの要件を満たしている。つまり、セラピストが自分のコトバ、信念、価値観をおしつけることなく、クライアントの枠組みを変化させるファシリテーション、コーチングが出来るようになる(可能性は高い)ということだ。もちろん、それがウオツラウィックのいう《第一次変化》(既存の枠組みの元での改善)なのか《第二次変化》なのか?(枠組みを超えたイノベーション的変化なのか)はおいておくとして(笑)。

 その意味、最初にここから始めるという考えは悪くないように思う。例えば、肝心なところで気持ちがいつも焦るというクライアントの、『胸にあるバニラアイスクリームがいつも溶けそうな感覚で』とか、『お腹にある砂時計がいつも下に向かって大量に落ちていて、落ち着かない』という(クライアント毎にユニークな)メタファーを引き出してそれを変化させるというのがミソだ。詳細は、著作を読むとよいだろう。もちろん、個人的には普通にエリクソニアンのメタファーを使っているので、ここで立ち止まっている理由は何もないし、正規のトレーナーがいるだろうからそちらにお任せしたい。

クライアントがスピリチュアルだったら?》ちょっと書いておこう。もちろん、クライアントがスピリチュアルだったとしても原則は変わらない。このあたりでちょっと書いた。「セラピストは必ずクライアントのコトバを用いて語れ、それ以外はあり得ない」という原則は相手が誰であっても同じだ。プロフェッショナルは相手によってころころ言うことを変えてはいけない。これは、会社員時代から厳しく言われていることでもある。

 仮ににスピリチュアルがこうじて日常生活に支障をきたしているとしても、説教みたいなのはもっての他だ。エリクソンが取ったアプローチでも分かる。クライアントがスピリチュアルでハイヤーセルフだの、インナーチャイルドだの前世といっている場合も、それをメタファーとすると同じ対応になる。まず、①ラポールをつくってその世界観を認める②メタファーを引き出し、変化させる、③それが実生活でどのような資源・資質となるのか?あるいは、そこから具体的に役立つどんなアイディアが得られたのか?自分の信念や価値観を反映させずに聞くということになるだろう。

 クライアントが言っている変なスピリチュアル用語もクライアントにとって重要なメタファーと考えれば腹も立たないだろう(笑)。エリクソンは、自分はキリストの生まれ変わりだという男に、大工道具を渡した。おそらくこれは、「楽天主義者でも悲観主義者でもなく、現実主義者であれ」の原則に基づく対応だ。重要なのは、妄想のようなメタファーでも、それを現実に適用した時、どのように役立つのか?の現実的な視点に気づいてもらうことだ。

さて、長々と書いた。

結論》人の認識や行動を支援するには、メタファーの活用が必要だ。セラピストが自分のコトバや信念・価値観をクライアントに押し付けないで、クライアントのコトバを使ってクライアントの変化の支援をするのは結構格好がよいことだ。で、その一つの方法としてクリーンランゲージから始めるのはありだ、というのが今日の結論になる。
参考:
Power of Six: 未来を創発させる質問(その1)
http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/the-power-of-six_5.html

Power of Six:未来を創発させる質問(その2)
http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/the-power-of-six_6.html

(つづく)

文献
[1]https://www.amazon.co.jp/dp/4393361237
[2]https://www.amazon.co.jp/dp/4393361245
[3]http://micheleritterman.com/Ten%20Points%20Ericksonian.pdf
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/195811.html
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/08/h.html
[6]http://www.narberthpa.com/Bale/lsbale_dop/gbtom_patp.pdf
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_8.html
[8]https://www.amazon.co.jp/Philosophy-Flesh-George-Lakoff/dp/0465056741
[9]https://www.amazon.co.jp/dp/0953875105/
[10]https://www.amazon.co.jp/dp/4393366336/
[11]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_1.html

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/okirakusoken

0 件のコメント:

コメントを投稿