2016年9月6日火曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:癒やしの英会話(その2)


                                                                                                                             
 癒やしというのは、優しく「現実を見ろ、感じろ」と言ってあげることなのだろうなぁ(笑)。

 <ひとりごと>



決して勘違いさせることではない

  英語は、相手を論理的に問い詰める言語、というイメージがある。もちろん、話者は、論理的に正確にかつ相手の論理の不備を突いているだけ、なのかもしれない。だが、理屈だけで話していると、どうしても相手を問い詰めてるメタ・メッセージを送っていることに間違いはないだろう。ポール・ウオツラウィックの「コミュニケーションの公理」から説明するとこうなる。[1]そして、会話は窮屈な感じになる。

 しかし、心理療法家がクライアントに話している英語を聞くとこれとは反対方向の会話もあるということに気がつく。

 例えば、ネットを検索すると「Carl Rogers Twist(カール・ロジャーズのひねり)」[2]というのが見つかる。これは心理療法家のカール・ロジャーズがクライアントのコトバを傾聴している時に、時々会話の言葉尻を捉えて反射するパターンだ。ロジャーズというとお地蔵さんのようにクライアントの話を聞いているだけというイメージがある。だが、実はこういう小技を色々使ってクライアントの話を聞いているところがある。余談だが、カール・ロジャーズは1985年にミルトン・H・エリクソン財団の後援で実施された「Evolution of Psychotherapy 」[3]にも参加していた重鎮中の重鎮でもある。もちろん、エリクソンとロジャーズは水と油のように語られるところもあるが、実は本質的なところでは共通点も多い。[4]

 反射、バックトラックのパターンはたわいもないものだ。例えば、現在訴えられている、問題・課題を過去のものだったようにして返す、というパターンだ。[5] (訳は適当)
 
過去形にして反射する

Client :  I'm depressed .
Therapist: So You've been depressed .

クライアント:落ち込んでいるのです。
セラピスト:そうですか、落ち込んでいたのですね。(さっきまでは)


 追記: なんで過去形にするのか?の理論的背景を求めると、一つは一般意味論の報告文のフォーマットが適用できる。詳細はこのあたりで書いた。[6] もちろん、こういったやりとりの中でセラピストが一々指摘しなくても、クライアントが誰の助けも借りずに報告分のフォーマットで自分の課題とする状況を報告できるのであれば、それに越したことはない。

一般化されたものではなくて限定的なものとして反射する

Client :  I've been really  depressed .
Therapist: So You've been depressed  most of the time lately.

クライアント:本当に落ち込んでいたのです。
セラピスト:そうですか、最近までは、ほとんどの時間落ち込んでいたのですね。


 追記:このあたりは、認知言語学のプロトタイプ理論[7]あたりで説明することができるだろうが、落ち込んでいる状態が全てとするのではなく、限定的でありほんの一部分だという認識を持ってもらうような反射となっている。
 
クライアントの真実を客観的な事実あるいは知覚の経験として記述する

Client :  From the things she has said and done, it is obvious she doesn't care for me or our marriage .
Therapist: Some of the things she's done have given you the sense she doesn't care .

クライアント:カミさんが言っていることとやっていることからすると、私らの結婚生活なんて気にかけてないのは明らかだ。

セラピスト:彼女がやったことのいくつかのことをあなたが感じたところでは、彼女が気にかけていないということなんですね。


 追記:このあたりは、一般意味論でいうと TO-BEの BE動詞を使わないで、E-Primeの使用を促すということになる。[8][9]


 人間は印象に弱い。ほんのひとつふたつの出来事の<現象>を、それが<全体>であるかのように捉えてしまう。特に気持ちや情動が動く場合はそうだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。その坊主のものではない袈裟まで憎いと思う。だが、こういう状態だとロジカル・シンキングをしなさいといっても無駄だ。だから、上のような対話のパターンを使うということになる。要は、別の坊さんの袈裟は憎くないでしょう?坊さんと袈裟は同じ人格ではないのでは?とやっていくわけだ。まずは、ひとつの<現象>が<全体>ではないということを自覚してもらうことだ。おそらく次に<現象>と気持ちと切り離した外在化[10]につなげていく。

 その意味、癒やしというのは優しく「現実をみなさい、感じなさい」と言っているように思えるところもある・・・・・もちろん、最終的には、現実を別のクラスとするちゃんとしたリフレーミングにつなげないと大きな変化は起こらないように思うわけだが・・・[11]。小技としてこういった会話のパターンもありと言えばありだなと思っている。


(つづく)

文献
[1]https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Watzlawick
[2]https://books.google.co.jp/books?id=N6U6nvb8tlkC&pg=PT220&lpg=PT220&dq=Carl+Rogers+With+a+Twist
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_4.html
[4]https://anamartinspsicoterapiaacp.files.wordpress.com/2016/05/parallels-milton-erckson-carl-rogers.pdf
[5]https://books.google.co.jp/books?id=NHBIl8ZInQsC&pg=PA32&lpg=PA32
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/11/blog-post_29.html
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/11/blog-post_23.html
[8]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/03/blog-post_17.html
[9]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/10/e-prime.html
[10]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/10/blog-post_12.html
[11]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_12.html

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