2016年10月23日日曜日

ファシリテーションの技法:ミラノ派家族療法を応用する(その11)


                                                                                                                             
 Jazz Sax 奏者ジョン・コルトレーンのコルトレーンチェンジの変奏ではないが、

 ミルトン・エリクソンの技法をサイバネティックスにくぐらせると、

 変奏としての、MRIのやミラノ派家族療法の出来上がり。

 実は、戦コンさんがやっている技法とたいしてかわらなくなる(笑)。

 <ひとりごと>



〈介入〉=〈円環的質問〉+〈反応の観察〉

  備忘録として書いておく。

介入の方法》介入といっても特に何かをする必要はない。単純化すると、質問をしてその反応を観察することだけからなっている。ただし、これを上手くやろうとすると結構深いとこに行き着く。[1] 要は、ミルトン・エリクソンの技法をベイトソン的な第二次サイバネティックスをくぐらせて形式知化するとこういう形態になるということになる。

 ただし、これによって明示的な催眠誘導は使わなくても、同じことができるようになるという利点がある。もちろん、逆に、催眠導入だけ行っても適切な介入がなければ、面白いほど行動や思考、あるいは思考の枠組み、あるいは身体としてのボティースキーマには何も変化は起きないということになる。

 つまり、催眠導入だけを高額な金額をとって教えるような輩は例外なくボッタクリだということが論理的に理解できることになる(笑)。

 さて、もちろんミラノ派のやり方は利点も多い、一つは普通に会社の会議室で使える、ということだ。老子に和光同塵というのがある。本物は慎み深く、目立たない、というような意味だが、まさに普通の会話と観察のみをとおしてエリクソンと同じような効果を得ることができる技法と言えるだろう。

 同じ老子に最も優れた指導者は意識されることなく指導力を発揮する指導者というのがある。ここでも、最も優れたセラピストやファシリテ−は空気のようで目立たない、が組織に変化をもたらす、となるだろう。ある意味、ミラノ派やMRIが目指しているのはこういうところかとも思ってくる。

 さて、それで、実際の介入の方法は以下となる。












結局のところこういった方法論は、現象に一々反応するのではなく、集団でもっとシステム思考について考えることを促す方法論のようにも思えてくる。[2]

(つづく)

文献
[1]http://www.aamft.org/members/familytherapyresources/articles/86_jmft_2_11
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/10/blog-post_16.html

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