2016年10月28日金曜日

ファシリテーションの技術:ミラノ派家族療法を応用する(番外編3)


                                                                                                                             
 どんなモノサシを当てて、どんな視点で物事を見るか?

     仕事でも、遊びでも、

 そこに一番、センスの良し悪しが出る(笑)。

 <ひとりごと>



モノサシの良し悪し

  備忘録として書いておく。

違いを生み出す違い》人類学者グレゴリー・ベイトソンの「A difference that makes a difference.」というコトバはとても重たい。人は何かと比較することでのみ、違いが分かる、ということだ。あるいは人それぞれが無意識に独自のモノサシで、それを比較している。

 人類学では、Aの文化とBの文化を比較する。この場合、AおよびBの文化は何れも自分の母国の文化でないことが求められる。理由は、不完全なメタの視点から「贔屓の引き倒し」にならないようにするためだと言われている。おそらくベイトソンたちはこういったことを完全に理解した上で、ミルトン・エリクソンの観察を行ったと推測される。

 具体的には、エリクソンの居る同じ部屋にカメラを設置し、その脇にグレゴリー・ベイトソンがいる。その部屋には、ワンウェイ・マジックミラーが設置され、そこで、MRIのメンバーとなるジョン・ウィークランドらが観察しているという構図がある。[1] [2]

 ベイトソンは、クライアントから見えているが、ウィークランドらは「メタの視点」ともいうべき鏡の向こうにいてエリクソンとクライアントのやり取りを観察している。彼らが賢かったのは、エリクソンを研究する上で、「観察する視点」に徹底的にこだわったところかもしれない。

こうすることで、はじめて中立的な「メタの視点」に立って物事を比較することができる。

サイバネティクスというモノサシ》さて、ベイトソンたちは、心理療法家のミルトン・エリクソンの技法に第二次サイバネティクス(Second Order Cybernetics) [3][4]をモノサシとして当て『MRI戦略的短期家族療法』の技法を作り上げた、つまりサイバネティクスとエリクソンの技法(あるいはその背景に哲学)を比較することではじめて違いとして体系が浮き上がってきた、という具合だ。

それから、MRIの技法はタンポポの種のように色々なところに広がる。一つはミルウォーキーへ飛びソリューション・フォーカスト・アプローチの芽がで、そして花が咲く。

 また、MRIの種は、風に乗ってイタリアに渡る。もちろん、同じイタリアでもMRIポール・ウオツラィックの弟子のジョルジュオ・ナルドネの『戦略的短期療法』を無視するわけではないが、ここで触れたいのは、ミラノ派家族療法だ。

 ミラノまで飛んだ種は、より構成主義やオートポイエーシスのシステム論で練りあげられるような形でリモデリングされ『ミラノ派家族療法』として体系化された。ミラノ派は家族や組織を生き物として扱い、円環的質問などの特徴を備えている。現在では、これがさらにフィンランドに渡り、『オープンダイアローグ』として応用されているようだ。[5]

 要は、形式知化された短期療法はシステム論の進化とともに、現在進行形で簡素化、先鋭化しているように思ってくる。もはや明示的な催眠誘導を行うことなしに、エリクソンが行ってきたのと同じ効果を得るような時代、となっている。

もちろん、エリクソンの暗黙知を暗黙知として学ぶエリクソニアンを否定するつもりはまったくない。ただし、こちらは博士号持ちの臨床家のようなちゃんとした先生につかないと学ぶのが難しいのはそのとおりだ。個人的には普通に使えるのだが、こういう手法は、使う場所を選ぶし、手法が人を選ぶので教えるのがまた難しいのは言うまでもない。要は、学習というのも教える側と学ぶ側のサイバネティクス的な相互作用ということになるので、理想は教える側と学ぶ側のそれぞれが一定レベル以上で、かつメタ視点としてのスーパーバイズが得られるというのが学習の条件となるだろう。

ここからは余談だ。

NLPはなぜ失敗しているのか?》同じエリクソン派生だがNLP(神経言語プログラミング)というのがある。現在はエビデンスがなく自己啓発に身を落としているので心理療法としてはどうよ?という位置づけだ。個人的には、こうなったのは、初期に使った観察のモノサシが悪かったか?とも思っている。逆に言うと、本来満たしていなければならない短期療法の要件を満たさないとどうなるのか?という実験としてはとても面白い。

 技法的には実験的家族療法家のヴァージニア・サティア、ゲシュタルト療法のフレデリック・パールズ、催眠療法家のミルトン・エリクソンの言語パターンを初期の生成文法で取り出したものだ。少なくとも表向きには、だが。

 しかし、実際にモノサシとして使われているのは一般意味論になっている。前提の一つにアルフレッド・コージブスキーからの引用で「地図は領土ではない」が使われていることを考えるとこれは明らかだ。この一般意味論での本来の定義は、「コトバはそれが示すモノではない」だ。これが拡大解釈されて、振る舞いと人格は別、事実と感情は異なる・・・とか色々な解釈がある。

実はこれが曲者で、一般意味論の3つの原則[6]のうち2つが使われていないというのがある。残りの2つは、「地図はすべの領土を表していない」と「地図は自己参照的である」だ。

 「地図はすべての領土を表していない」が抜け落ているのは、「部分と全体の円環的因果関係」が考慮されていない。ということになる。かわりに使われているのが「直線的な因果関係」[7]ということになる。つまり、お前が悪いのでこうなった、のような相互作用が考慮されていない因果関係となる。例えば、母親が登校拒否の原因は子どもにある、とか先生にある。のように単純な考え方だ。こういう単純な因果関係は、子どもがもっと強ければとか、先生がもっとしっかりしてくれれば。のような誰か一人スーパーマンが居てなんとかしてくれれば解決できる、のような考え方につながりやすい。もっと分かっている人もいる[8]ようだが、多くの人がこれに気がつくのはまだ時間がかかるのだろう。

 一方、円環的因果関係を持つMRIやミラノ派では、子どもと母親の相互作用にある、とか、子どもと先生の関係にあるとか、相互作用を考慮する。もっとも、これはシステム全体を考え、レバレッジ・ポイントになる人間関係に介入するような手段をとり、よりシステム全体からの解決を目指す。

 次に「地図は自己参照である」が、これは明示されていないだけで抜けてはない。例えば、サティアの4つのキー・・クエスチョンのような[9]自己参照的な質問が取り出されている。もちろん、この質問はサティア・カテゴリーのような人のタイプ分けのようなところがあるので個人的には、視点の固定化につながるため、あまり好みではないのだが。[10]

さて、そろそろまとめたい。

人は、自分の経験や学習において構築された枠組みで物事を観察する。もちろん、ここで重要なのはその視座と、どのような枠組みで物事を観察するのか?ということだ。そして、システム論的な視点で行動する。もちろん、一回では上手くいくことは難しいだろう。ここからフィードバックを経てシングルループ、ダブルループ・・・トリプルループと学習していくのが理想なのだろう。[11]

(つづく)

文献

[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/195811.html
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_11.html
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/06/blog-post_27.html
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/09/blog-post.html
[5]http://mentalhealth.vermont.gov/sites/dmh/files/Calender/Training/Open_Dialogue_090114.pdf
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/08/blog-post_15.html
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/11/nlp.html
[8]https://books.google.co.jp/books?id=GlLeCwAAQBAJ&pg=PT67
[9]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/09/blog-post_04.html
[10]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/06/40.html
[11]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/12/blog-post_21.html


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/okirakusoken

0 件のコメント:

コメントを投稿