2016年10月6日木曜日

家族療法の系譜:コミュニケーションの基礎理論(その1)


                                                                                                                             
 人間関係で困っている時の解決策は何か?

 「関係を変えろ!」、以上(笑)。

 自分や相手の性格を変えようとするからワケが分からなくなる(笑)。

 <ひとりごと>



サイバネティクスで関係を観察する

  備忘録として書いておく。

困ったら公理に戻る》カリフォルニア州パロアルトのMRIの研究者たちは、ベイトソンがニューギニアのイアトムル族を対象に行ったフィールドワークなどをもとに「コミュニケーションの5つの思案的公理」というものを規定した。[1] これが全てだとは思わないが、①対人コミュニケーションの観察、②家族療法的な介入の思案、③介入結果の評価、と結構役に立つ。

 補助線として、つまらないコーチングの技法は人を性格や行動から「タイプ分け」したがる。しかし、組織や家族の問題というのはたいてい「人間関係」の問題である。性格など簡単に変えられるわけではないのに、そういう視点でタイプ分けをしても案外無駄なことが多い。結局、「人間関係」に起因する問題は「関係を変える」というのが打ち手になるのはバカでも分かる話だからだ。しかし、人間関係は普段は無意識に「感じている」だけで、なんとなく嫌だとか、なんとなく心地よいとか、なんとなく甘っちょろいとか・・・こういうものだ。その意味では、「思案的公理」で少しだけ、意識してみる、ということから始めるのは悪くないのだろう。

 ネットに「Family Systems Therapy」[2]というドキュメントが落ちていたので、少々読んで見る。内容は、上のMRIの研究者たちからの引用だ。これについて詳細はこのへんで少し書いた。


Symmetrical and complementary interactional classes are dimensional suggesting that lower quantities are more healthy and greater proportions maybe more pathological.

シンメトリカル(対称)およびコンプリメンタリー(相補)といって人のコミュニケーションのやりとりの分類は少なければより健康で、おおければより病的な割合を示す、次元的な示唆をしている。


 
シンメトリカルは、似たもの同士のパートナーが競争を避けるために関係を変化させるようなコミュニケーションの関係性、コンプリメンタリーは、違う役割をもった同士が二極化を際立たせるさせるようなコミュニケーションの関係性ということができる。もちろん、普段は多少の問題も抱えながらも、どちらかの関係でバランスが保たれると考えられる。

パラレルなやりとりに言及》このドキュメントで面白いのは、①シンメトリカル、②コンプリメンタリーの他に第三のやりとりとして③パラレルに言及されていることだろう。


A third type of interaction is labeled parallel. This occurs when people exchange greater variations of different -not positive -  behavior than is the case for either symmetrical or complementary.

第三のやりとりの類型はパラレルとラベル付けされる。これは、人がシンメトリーもしくはコンプリメンタリーの場合より、「肯定的ではない」より多くの振る舞いのバリエーションを交換する場合に発生する。


問題は関係のエスカレーション》同じ、ドキュメントからの引用で以下がある。要は、関係がサイバネティクス的に平衡な状態はよいとして、エスカレーションする場合があるということだ。もちろん、この類型では2つの方向性が考えられる。


Symmetrical and complementary interaction escalate: symmetrical to increased instability and complementary to increased rigidity.

シンメトリカルおよびコンプリメンタリーなやりとりがエスカレートした場合:シンメトリカルな関係は不安定さを増し、コンプリメンタリーな関係は硬直さを増す。


 シンメトリカルな関係は、似たもの同士であるだけに、これが不穏な関係になると、相手の言動が逐一気になってなにかちょっかいを入れる、という方向に進む。また、コンプリメンタリーな関係は、役割分担が進み、相手は相手、自分は自分のようにある意味、勝手にやればーという相手に興味がない方向に進むということになる。

 前者の例は、MRIのウオツラィックの事例にあるように、旦那さんが「このコーヒー少し不味いなぁ」と事実を指摘しただけなのに、奥さんは「どうせ私が悪いですよ」とケンカをはじめてしまうようなパターンがこれに当たるだろう。

 後者の例は、ミルトン・エリクソンの事例で、旦那さんと奥さんがお互いに興味が持てなくなって奥さんがアル中になった事例[3]がこれにあたるだろう。
 
 介入の考え方については明日以降に書く。

(つづく)

文献
[1]https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Watzlawick
[2]https://ojs.lib.byu.edu/spc/index.php/IssuesInReligionAndPsychotherapy/article/viewFile/54/53
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/02/blog-post_10.html

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