2016年10月8日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:NLPをたたき台に新しい体系を目指す


                                                                                                                             
     NLP(神経言語プログラミング)は随分インチキなところもあるが、

 インチキなところをちゃんと叩きまくれば新しい体系が見えてくる(笑)。

 <ひとりごと>



6年越しの種明かし?

  備忘録として書いておく。

新しい体系を創りだす》「守破離」というコトバがある。ここでは師弟関係は想定せず簡単に、①守:まずそのまま学ぶ、②破:怪しいところを批判する、③離:枠組みを超えた新しい体系をつくる。くらいの意味で使っている。

 少し前に出版された著作に「ミルトン・エリクソンの催眠テクニックⅠ、Ⅱ」[1][2]がある。本書は、2006年くらいにカリフォルニアで手に入れて2009年くらいに出版社へご紹介しておいた本だ。もちろん、翻訳、編集、出版は、99.9999・・・・% 、翻訳者さんや編集者さんの努力だ・・・・



  本書を紹介したのにはいくつかの理由がある。本書の背景には、1970年代の半ば人類学者のグレゴリー・ベイトソンがバンドラー&グリンダーらにアリゾナ州フェニックスのミルトン・エリクソンのもとに行き、なんらかの方法でエリクソンの技法を体系化せよ、との示唆のもとそれを行った著作だということだ。結果、テクニック1は、「初期の変形生成文法」を活用し、テクニックⅡは、著者にディロージャを加え「現象学的な知見」を活用し、エリクソンの知見を形式知化した2冊の著作が出来上がったという背景がある。もちろん、道具立てからしてへんてこなスピリチュアルが入る込む余地はない(笑)。

 で、面白いことに本書は最適な「たたき台」になるということだ。

①守:理解できないと、そもそも話にならない。

 まずは、書いていることぐらい理解しようよ、日本語になっているのだから、ということだ。もちろん、批判的な視点で読んだほうがよい。ただ、まずは著者の考え方を批判するにしても、何を主張しようとしているのか?正確に理解しないと話にならないということだ。また、本書は、案外学術的な著作にも引用してある。例えば、エリクソニアンのマイケル・ヤプコの「 Trancework」 [3]などにも引用されている。逆に言うと、一応は理解しておかなければいけない参考文献的な著作だということだ。

②破:理論的に不可解なことはあるし、ベイトソンは激怒した。

 一般意味論を参考にすると、人間の言語、非言語のコミュニケーションを①プラグマティックス、②セマンティクス、そして③シンタックス、の少なくとも3つの視点から記述しろ、と教えている。

プラグマティックスの視点》これに影響を受けたのかは不明だが、パロアルトのMRIの研究者は同時期にプラグマティズムからの視点から人のコミュニケーションに関しての著作「人間コミュニケーションの語用論」[4]を発表している。

シンタックスの視点》また、「ミルトンエリクソンの催眠テクニックⅠ」は、シンタックスの視点からエリクソンの言語パターンの定式化を試みたものだ。

セマンティクスの視点》セマンティックスについては、認知言語学の1980年の著作「 レトリックと人生」[5] を待つ必要があったのか?ここでは関連論文の引用はあるが、意味論については言及されていない。

ベイトソンはダメ出し》ただ、ここらへんで書いたが、最も重要なポイントはグレゴリー・ベイトソンはこの結果に激怒したことだ。一つは、円環的な因果関係ではなく、直線的な因果関係を使って定式化したこと。もう一つは、セラピストとクライアントは対等ではなく、セラピストが力を誇示するような状況に歯止めがなかったことだ。本書はやはり古臭いところもあって、ロジャー・スペリーの右脳・左脳局在説を曲解したような表現も見られるが、それには目をつぶっても、ベイトソンの指摘はやはり由々しきことなのだろう。


③離:踏み台に新しい体系をつくった人たちもいた。

 もちろん、ベイトソンの指摘を踏み台にして、さらに新しい体系に踏み出した人たちもいたことだ。

3つの事例をあげておこう。

ミラノ派家族療法》一つ目は、ベイトソンがなぜダメだしをした理由を理解したのかは不明だが、家族や人間関係をシステムと考え、セラピストを中立化し、セラピストは支援チームのスーパーバイザを受けながら、家族間や対人間の関係を収集、介入するための「円環的質問」を技法の中核とするイタリアのミラノ派の家族療法がある。[6]  ちゃんと使えると結構格好がよいと思う。もちろん、組織マネジメントなどへも応用可能だ。

 余談だが、普通のオープン・・クエスチョンと円環的質問は以下のような違いがある。[7] 要は、円環的質問はサイバネティクス的に「観察するもの」と「観察されるもの」の相互の関係を意識させる質問だということだ。

〈オープンクエスチョン〉
 どのようにして、そのようなうつ状態に陥ったのですか?

〈円環的質問〉
 Aさんがうつ状態にあるとき、Bさんはそれにどのように反応していますか?

 ベイトソンが在籍したMRIの手法を律儀に継承した流派だが、MRIやミラノ派のそもそもの前提として「一人でミルトン・エリクソンの技法を再現するのは無理でも、4、5人のチームでやれるようにして、エリクソンの8割くらを目指したら?」という<三人寄れば文殊の知恵>を前提に組み立てられた手法のように思えてくる。パラダイムとしては個人戦から団体戦への転換ということだ。つまり、MRIやミラノ派自体がセラピーシステムとして組み立てられているということだ。このあたりが未だに個人技のNLPとの違いなのかもしれない。結局、こういう手法は属人的な個人技の良し悪しが結果に直結し、修正する手段がない。


ソリューション・フォーカスト・アプローチ》二つ目は、グリンダー&バンドラーの手法が構成主義的だった点を構成主義的な点に改め、非常にシンプルな手法でエリクソンの技法を体系化したソリューション・フォーカスト・アプローチのスティブ・ド・シェザー。この様子は、「解決志向の言語学 - 言葉はもともと魔法だった[8] に詳しい。もちろん、この本は、「The Structure of Magic Ⅰ,Ⅱ」[9][10] と「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」の批判から出発しているところがあるので、これを理解しておかないと、深いところまでは理解できないということになる。



デラン・ブラウンは語る》三つ目は、メンタリストのデラン・ブラウン。著作「Tricks of Mind」[11]で初期のNLPは学ぶところがある。が、それ以降はあまり意味がないし、トレーニングに出るのも今のNLPトレーナーと言われる人はしょぼくてしかたない。といったことが書かれている。これは、ブラウンの意見だが、個人的にも同じ意見でもある。(笑)。

まとめ》何れにしても、守破離できちんと理解してきちんと捨てて新しい体系がつくれれば、そこには面白い世界が見えてくるのは確かだ。

(つづく)

文献
[1]https://www.amazon.co.jp/dp/4393361237/
[2]https://www.amazon.co.jp/dp/4393361245/
[3]https://www.amazon.co.jp/Trancework-Introduction-Practice-Clinical-Hypnosis/dp/0415884942
[4]https://www.amazon.co.jp/dp/4861080444
[5]https://www.amazon.co.jp/dp/4469211257/
[6]http://www.aamft.org/members/familytherapyresources/articles/86_jmft_2_113_128.pdf
[7]http://waterloovillecounselling.co.uk/2016/05/17/circular-questions-in-systemic-counselling/
[8]https://www.amazon.co.jp/dp/4588022040
[9]https://www.amazon.co.jp/dp/0831400447/
[10]https://www.amazon.co.jp/dp/0831400498/
[11]https://www.amazon.co.jp/dp/1905026358/

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/okirakusoken

0 件のコメント:

コメントを投稿