2017年2月20日月曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 51日目


                                                                                                                            
        エリクソンの技法を説明するのに、

  意識ー無意識を氷山のモデルで説明しているのは、漏れなく バカ(笑)。

         エリクソンの話は結局は、コミュニケーションとメタ・コミュニケーション。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。 


色んなダブル・バインド

 「Varieties of Double Bind(1975)」というタイトルの論文の続きから。

 現在、この論文が収録されたロッシとの共著の「Hypnotic Realities」[2] は「催眠の現実」として2016年に邦訳、出版されている。したがって、当該論文を含め日本語で読むことも可能になっている。

 この論文を読む上での前提とウンチクは、このあたりでも書いた。

《ダブル・バインドと倫理》

 非常に単純化して話す。エリクソンの治療的ダブル・バインドは「AをとってもBをとっても、どっちをとってもあなたに利益がありますよ」という形式になる。ただし、ここでは、クライアントは無意識で、状況を判断し、相手の信用度を計り、種々の要素を鑑み、どっちかを選ぶのが良さそうだと、直感的に判断している前提で話す。

 これは、意識に上がっていない無意識の判断だ。エリクソンの論文ではこれはメタ・レベルと書かれている意識になる。例えば判断といった場合に、現実に起こっていて知覚できること(プライマリ・レベル)から、将来起こると予想されること(メタ・レベル)を予想して判断する。もちろん、この予想は何となくこっちのほうが良さそうだのような形式で意識に上がっていないことのほうが多い。今ココの現実の知覚でないことはメタ・レベルということだ。例えば、将来への確信とか・・・

 心を説明するとき、氷山のモデルで説明する人がいる。いわゆる潜在意識ガァーというやつだ(笑)。ただし、1940年代からエリクソンは、ベイトソンとの交流をはじめており、フロイトとはまったく別物の「Theory of Mind」[3]つまりラッセルの論理階型を使って構築された心の理論を使用しており、この論文も当然、これをベースに書かれていることは頭に入れておいたほうがよいだろう。要は心の奥底なんて探らないし、原因分析も精神分析もしないし、単にプライマリレベルの意識なのか?メタレベルの意識の区別と関係性だけが問題だというわけだ。ある意味、意識ー無意識を氷山で説明しているのは、分かってない人を区別する踏み絵にはなる(笑)。

 で、エリクソンは治療的ダブル・バインドを使う時は肯定的なメタ・レベルが必要だといっている。例えば買い物をする時、「赤いのがよいですか?青いのがよいですか?」と言われた時にメタ・レベルの意識として、どっちがが欲しいとか、どっちを選んでも楽しそうだとか、どっちを選んでも面白いそうだ、という状況や選択に対する無意識の判断が必要だと、言っていることになる。もちろん、これが倫理の話になって。「赤いのがよいですか?青いのがよいですか?」「どっちか選ばないと大変なことになるぞ!」という状況では使ってはいけないし機能しないということを言っていることになる。

《ダブル・バインドの研究は難しい》

 要は、状況設定などに再現性があるか?という話だし、被験者の一人ひとり認識の方法は違うし、無意識でなんとなく判断している状況を再現するのは難しいだろう、ということだ。その意味ダブル・バインドの実証実験は難しいのだろう。結局、被験者とラポールを築くのが一つの重要な鍵だと、エリクソンは考えていたようだが・・・・


2つのレベルのコミュニケーション

 二本目は、「Two-Level Communication and the Microdynamics of Trance and Suggestion(1976)」。

 エリクソンは1980年に亡くなるので、かなり晩年の論文。

 2つのレベルとは、意識レベルでのコミュニケーションと、無意識レベルのメタ・コミュニケーション[4]。エリクソンがトランス状態にははならないと話している、精神科医や心理学者を対象にトランス誘導する。誘導トランスクリプトについて、ここがコミュニケーション、ここがメタ・コミュニケーションという具合に解説されている。その意味、エリクソンはこの2つのコミュニケーションの区別を付けていたことがわかる。また、現在のフレーム(Frame of Reference)のリフレーミングの様子が分かる。

 非常に興味深い。
 
考察 

 Jazz sax 奏者にジョン・コルトレーンが居た。コルトレーンはコルトレーン・チェンジズ[5]という変奏を編み出したが、コルトレーンっぽく吹くにはこの変奏は必須だ。逆に言うと、ファラオ・サンダースが吹いても、デクスター・ゴードンが吹いても、エリック・アレクサンダーが吹いても、カート・エリングが歌ってもコルトレーン・チェンジズ演奏するとかなりコルトレーンっぽくなる。もちろん、個々人の個性はあるのだが、コルトレーンを継承しているのは分かる。

 これをアナロジーとしてミルトン・エリクソンっぽくやるにはどうしたらよいのか?と考える。その意味当然、エリクソニアン・チェンジズというエリクソンの変奏がある、ということになる。では、エリクソンの変奏とは何か?となる。やはり究極は、意識のコミュニケーションに無意識のメタ・コミュニケーションをエリクソンっぽくコミュニケーションするやり方ということになる。ジェフリー・ザイクにしろ、スティーブ・ランクトンにし、スティーブン・ギリガンにせよ、ビル・オハンロンにせよ・・・・・・・、個々人の個性はあるのだが、エリクソンを継承しているのは分かるし、同じようにしてエリクソンっぽくなることはできる。
 
2月20日の進捗、408ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 15.5%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

Varieties of Double Bind 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi Reprinted with permission  fromThe American Journal of Clinical Hypnosis, January 1975, 17, 143-157.

Two-Level Communication and the Microdynamics of Trance and Suggestion 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi Reprinted with permission fromThe American Journal of Clinical Hypnosis, January, 1976, 18, 153-171. 



(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/03/hypnotic-realites.html
[3]www.narberthpa.com/Bale/lsbale_dop/gbtom_patp.pdf
[4]http://www.let.osaka-u.ac.jp/~irie/ronbunlist/papers/PAPER13.HTM
[5]https://ja.wikipedia.org/wiki/コルトレーン・チェンジズ


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