2017年4月10日月曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 100日目


                                                                                                                            
 時間の過ぎ方が伸び縮みする「時間歪曲」は、

 リズム感とはあまり関係ないような気がする。

 多分、音痴でも問題なく適用可能(笑)。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、



 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 100日目について書いておきたい。


時間歪曲の臨床的な応用
     「Further Considerations of Time Distortion: Subjective Time Condensation as Distinct from Time Expansion(1958)」から。著者はミルトン・エリクソンとエリザベス・ムーア・エリクソン。

         エリクソンは1948年くらいからリン・クーパーによって指摘されていた「時間歪曲」に着目し1950年に共著を発表する。このあたりからすでに10年ほど経過している。それからエリクソンは臨床に「時間歪曲」を応用することになるのだが、1958年のThe American Society of Clinical Hypnosisの学会誌に掲載されたのがこの論文。流石に10年もやっていると、単に「時間歪曲」というが「時間凝縮」と「時間拡張」の違いとか、どういった事例にどれを用いたほうがよいのか?などノウハウもたまってきたので一度整理しておきましょう、という趣旨で書かれている。細かい技法については書かれていないが、どういった事例にどう適用したらよいのか?の方針は結構書かれている。

     おおよそ、こんな感じ。

    ・・・・・・・ 

    随考

       エリクソン全集を読みはじめて100日目になった。

     ただ、100という数字自体に特段、意味があるわけではない。しかし、「経験のインデックスとしての数字」と「実際の経験」との関係について考えてみると、案外おもしろいことが分かる。

     一般意味論のコージブスキーは「地図はそれが示す土地と同じではない」といった。

     単なる、インデックスとしての数字は、実際の世界から立ち上がってくる知覚される経験とは同じではないということでもある。もっというと、「時計の文字盤の数字は、実際に経験された主観的な時間と同じではない」となる。

     少し違った面から考える、エリクソンは「数字を数える」ということすら、何らか利用する。もちろん、「数字を数える」という行為は経験に対しての何らかのインデックスになる。例えば、「Ericksonian Approaches second edition」の中に数字をカウントアップするトランス誘導が紹介されている。もちろん、エリクソンのことだから単純に数を数えるわけではない。数字の読み方を変える。長く発音したり短く発音したりする。時々、数字を跳ばす、そして時々、逆行する。被験者は混乱する。ただし、ここで注意が「知覚に向いているのか?概念に向いているのか?」を問われると、数字という「概念」に注意が向いていることになる。数字を飛ばしたり逆行させることで、「間違いを見つけてやろう」数えられる数字により注意が向く。そして、自然と(内向きに)トランス誘導されることになる。

     また、「時計の文字盤の数字は、実際に経験される主観的な時間と同じではない」といった場合、その進み具合に齟齬が出て来るということがある。時間があっという間に過ぎる場合もあれば、遅々として進まない場合もあるという具合だ。これはある時刻とある時刻の主観的な距離という切り口でも経験することができる。エリクソンは当然、この現象をユーティライズした。例えば、痛みの経験では痛みと痛みの感覚が広かったと経験を(トランス誘導+間接暗示で)変化させる、また、痛みが起こってもその時間は非常に短いものであったと経験を変化させる、このようにして経験から構築された「枠組み」が変わる。

     これがリン・クーパーとエリクソンの共著「Time Distortion in Hypnosis」で書かれていることの要点の一つだ。

     もちろん、人間はそう単純でもないところがある。

     Jazz バラードの演奏で、仮に4分音符=60/sec で演奏しているとする。この場合も、メトロノーム上はずっと1分間に60の4分音符を正確に刻んでいるのだが、ある時は音符と音符の感覚が短く感じられ、ある時は長く感じられるというのがある。理屈は単なる「時間歪曲」ということになる。もちろん、この場合、楽しいから速く感じられ、辛いから遅く感じられるというような単純なものではないのだが、なんからの知覚、認知の「ゆらぎ」が起こっているのは確かなのだろう。このあたりを考慮しながらリズムのゲシュタルトについて少し考えてみると、案外おもしろい。
     
     
    4月10日の進捗、796ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 30.1%) 

    Volume 2 : HYPNOTIC ALTERATION   OF SENSORY, PERCEPTUAL    AND PSYCHOPHYSIOLOGICAL   PROCESSES

    Further Considerations of Time Distortion: Subjective Time Condensation as Distinct from Time Expansion 
    Milton H. Erickson and Elizabeth M. Erickson Reprinted with permission from The American Journal of Clinical Hypnosis, October 1958, 1, 83-89. Published simultaneously as an additional section in the second edition of Time Distortion in Hypnosis by Linn F. Cooper and M. H. Erickson, published by The Williams and Wilkins Company, Baltimore (first edition, 1954). 



    (つづく)

    文献
    [1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html


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