2017年4月30日日曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 120日目


                                                                                                                            
 叶わないから夢を見るのか?

 夢を追い続けるからそれが叶うのか?

 の違いは、とても大きな世界観の違いなのだろうなぁと(笑)。

 <ひとりごと>




はじめに

 備忘録として、



 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 120日目について書いておきたい。

人はいくつから夢を見るのか?

 「On the Possible Occurrence of a Dream in an Eight-Month-Old Infant(1941)」著者はミルトン・エリクソン。

 1941年は、ちょうど日米が開戦した年にあたる。エリクソンは丁度40歳くらい。そんな時代背景のエッセーということになる。

ここでのテーマは「人はいくつから夢を見るのか?」だ。ここでの夢は比喩的な夢ではなく、文字通り眠っている時に見る夢ということになる。

 このエッセーが精神分析関係の会報に投稿されたことを考えると、また、興味深い。また、時代背景を考えると脳波計などもなく、神経外科などでもあまり十分研究されていない時代だ。

 エリクソンはまず他者の先行研究として、2歳4ヶ月の赤ん坊が夢を見ている例をあげている。そして、赤ん坊の実際の振る舞いを観察することでコトバを身につける前の8ヶ月くらいから既に夢を見ているのではないか?と推論を行う。また、夢は、それまでの経験がもとになって起こっている現象ではないと推論しているのがここでの内容だ。

 観察からの推論が行われているだけで、あまり深い推論がなされているわけではない。

 おそらく、このエッセーだけを見ても白紙の上に点が一つ打たれたような格好になっているので、その後どこにつながっているのか?を考える必要があるのだろう。
 
・・・・・・・・・・・
  

随考

 ここでの面白さは精神分析学派とは異なる技法を発展させることになったエリクソンが精神分析学派の会報にエッセーを寄せていることだろう。エリクソンは技法として夢分析のようなことは行わないが、エリクソン自身が「夢とは何か?」をどのように捉えていたかを探るのは面白いテーマの一つであるかもしれない。

 さて、エリクソンの晩年に近い1976年のロッシとの共著の中でエリクソンは以下のように語っているところがあって興味深い。


You have all the protection of your own unconscious, which has been protecting you in your dreams,permitting you to dream what you wish, when you wish , and keeping that dream as long as your unconscious thought necessary, or as long as your conscious mind though would be desirable.

あなたは、あなた自身の無意識によって全て保護されています、それは夢の中であなたを守ってきました、あなたが望むことを夢見ることを許してきました、あなたが望むことを、あなたが望んだ時に、あなたの無意識がそれを必要としているかぎり、あるいはあなたの意識がそれを渇望しているかぎり、そうです。
 

 
 また、論文全集に収録されているロッシとの共著で「Varieties of Hypnotic Amnesia」の「Amnesic Material in Dreams」に以下があったのは記憶に新しい。


In summary, this hypnotic subject developed spontaneous amnesia for trance experiences but spontaneously recovered that amnesic material in the form of dreams. She thus had a complete amnesia for one experience (trance) and a full awareness of an entirely different kind of an experience (dream)with an identical content. 


要約すると、この催眠被験者は、トランス経験のための自発的記憶喪失を発症したが、自発的にその記憶喪失の内容を夢の形で回復した。 彼女はこのように1つの経験(トランス)の完全な記憶喪失と全く同じ種類の経験を持つ異なる種類(夢)の完全な同一の内容である認識を持っていた。

 
 ここでは、経験が夢にメタ・マッピングされているような現象を観察していることが伺える。

 何れにしてもエリクソンは解釈するのではなく、現象としての夢を追いかけているようにも思える。もっとプラグマティックに言うと、「夢は何かの役に立つの?」ということだ。こう言われると元も子もないかもしれないが(笑)。

 夢が認識の枠組み、あるいは振る舞い、それぞれの構築や変化にどのような影響を与えているのか?を考えると興味は尽きない。

 確かに、エリクソンは夢のコンテンツ自体を解釈したりはしないが、実際これが精神分析学派とは違った確度での深いテーマであることには違いないのだろう。


4月30日の進捗、952ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 36.0%)

Volume III
HYPNOTIC   INVESTIGATION OF   PSYCHODYNAMIC PROCESSES

On the Possible Occurrence of a Dream in an Eight-Month-Old Infant Milton H. Erickson Reprinted with permission from The Psychoanalytic Quarterly, July, 1941, Vol. X, No. 3.






(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html

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