2017年6月4日日曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 155日目


                                                                                                                            
 
   異端でも、

   自分がそこにいれば、真ん中に見える(笑)。

   世界なんて大抵そんなもん。

   <ひとりごと>




はじめに

 備忘録として、



 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 155日目について書いておきたい。

催眠:治療方法としてのルネサンス

「Hypnosis: Its Renascence as a Treatment Modality Milton H. Erickson Reprinted in The American Journal of Clinical Hypnosis (1970)」つづきから。著者はミルトン・エリクソン。

今日は重要だと思われることを一つだけ書いておく。以下だ。


Hypnosis cannot create new abilities within a person, but it can assist in a greater and better utilization of abilities already possessed, even if these abilities were not previously recognized. 

催眠は人の中に新しい能力を創造することはできませんが、以前から認識されていなくても既に所有している能力をより有効に活用するのに役立ちます。


 中々示唆的だ。今までフルートを吹いたことがない人が催眠を受けたからといって直ぐにフルートが吹けるようになるわけではない、ということだ。やはり、毎日地道な練習が必要だ。同じように、英語が喋れなかった人が、催眠を受けたからといって英語が喋れるようになるわけではない。地道な練習が必要だということだ。

 ただし、記憶の片隅にあって直ぐに思い出せないことを思い出しやすくする、学習のための記憶力を増進する、といったことは催眠で可能だということだ。英語に関する苦手意識があるなら、こういったことにも対処可能だろう。

 やはり、現実的に可能なことと、不可能なことの線引は無駄な努力を避ける上でも必要だということだろう。


随考

 
―― 情報は差異から生まれる――

 

 ハーバート・スピーゲルと息子のデイビッド・スピーゲル著「Trance and Treatment Clinical Use of Hypnosis (2004)」というのをパラパラ読んでみた。タイトルは「トランスと治療、催眠の臨床への利用」ということになる。

 元々は、1978年に書かれた著作だが、2004年に改定された第二版という位置づけになる。そのため、比較的新しい臨床催眠がどのようなものか?を俯瞰的に理解するのは非常によい著作なのだろう。あまり思想めいたこともなく、技法とスクリプトが淡々と書かれている感じになっている。グレゴリー・ベイトソンの「A difference that makes a difference.」ではないが、エリクソン論文全集と比較してみると、何らかの情報は得られるのだろう。

 ハーバートは2009年に95歳で亡くなったが、息子のデイビッドは現在スタンフォードの客員教授を務めているようだ。そのせいか、ヒルガードやウィゼンホファーの引用は70箇所程度で至るところに出て来るが、ミルトン・エリクソンの引用は1箇所しかない。

 エリクソン? そう言えばいたねぇ、変な爺ちゃんが、という感じの扱いになっている。

―― 催眠療法、ヒプノセラピーは用語として適切ではない ――
 
 最初のほうで面白いと思ったところを備忘録として書いておきたい。それは、以下だ、



That hypnosis is therapy is also a troublesome myth. We avoid the use of the term hypnotherapist because by itself hypnosis is not therapy. The hypnotic state is a capacity; it is a certain type of attentive, receptive concentration and can be used to create a receptive matrix for a therapeutic strategy. It may enhance therapeutic leverage, but by itself it is not a treatment.

催眠は治療法だ、というのは、これまた厄介な神話です。私たちが催眠療法士という用語を避けるのは、催眠それ自体は治療法ではないからです。催眠状態は、いわばキャパシティです。それは、注意深く、受容的な特定の集中のタイプであり、治療戦略の受容性マトリックスをつくるだめに使用することができます。これは治療のレバレッジ効果を高めるかもしれませんが、催眠それだけでは治療ではありません。


エリクソンも同じようなことを言っているが、非常にまともな見解だ。

―― クラシック音楽とJazzの違い? ――

 内容はタイトルどおりに臨床催眠のトピックになっている。扱っている症状は禁煙、過食症、拒食症、疼痛、恐怖症などの短期的なものからはじまって、長期的になるPTSDあたりまでを扱っている。

 個人的な印象はスピーゲル親子の著作は「クラシック音楽」でミルトン・エリクソンおよびその一派の技法はやはり即興演奏を重視した「Jazz」だということだ。ヤプコの比較表で言えば、スピーゲル親子のアプローチは真ん中の標準的なアプローチで、エリクソンのアプローチは表右の即興演奏ありの利用アプローチだということが分かる。

―― 標準化されたアプローチのよさもある――

 もちろん、スピーゲル親子の著作には良いところが多くある。それは徹底的に標準化されており、手順どおりに誰でも出来る形式で示されているところだ。例えば、最初の催眠感受性試験のやり方(一般的にエリクソン派はこの試験は行わない)とか、腕浮揚のトランス誘導が、これを読んで分からなかったら何も出来ない、というくらい多種雑多なアメリカ人にも理解できるように懇切丁寧に書かれていることだ。その意味ではアメリカ人は多種雑多な誰が読んでもある程度標準的な理解ができるように書くのが上手だ。本書の通りに腕浮揚トランス誘導をやってできなかったら他のどの著書を読んでもおそらく無駄だ。

 逆にいうと、こういった標準的なアプローチを重んじる臨床催眠としては真ん中にいる人たちから見ると、やはりエリクソンがやっていたことはかなり異端な感じに映るのだろう。また、エリクソン派といっても派生まで含めると、なんとなく感じる共通する雰囲気のようなものはあっても標準化された手順のようなものは存在しない。最悪、一期一会の即興的ユーティライゼーションで何とかしてしまうという現場からの叩き上げ感はあるが、誰彼と出来るわけでもない。

 もちろん、どちらが良いという二項対立で物事を見ると何も見えなくなるので、最初はスピーゲル親子のような標準化されたアプローチを淡々と学んで、その後、自分のスタイルに染めていくというのはありなのだろうと思った次第だ。

6月4日の進捗、1220ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 46.1%)


Volume IV
INOVATIVE HYPNOTHRAPY

Hypnosis: Its Renascence as a Treatment Modality
Milton H. Erickson Reprinted in The American Journal of Clinical Hypnosis, 1970, 13, 71-89, with permission of the original publishers: Merck Sharp & Dohme,Trends in Psychiatry, 1966, 3(3), 3-43.





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ミルトン・エリクソンの本質を突き詰めたから分かったことがあります。

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(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html


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